中原中也「在りし日の歌」


   
  除夜の鐘


 
 除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。
                   よる        ふる
 千万年も、古びた夜の空気を顫はし、
 
 除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。
 

                    きら
 それは寺院の森の霧つた空……
 
 そのあたりで鳴つて、そしてそこから響いて来る。
 
 それは寺院の森の霧つた空……
 

                      ひざもと   そ ば
 その時子供は父母の膝下で蕎麦を食うべ、
 
 その時銀座はいつぱいの人出、浅草もいつぱいの人出、
 
 その時子供は父母の膝下で蕎麦を食うべ。
 

 
 その時銀座はいつぱいの人出、浅草もいつぱいの人出。
 
 その時囚人は、どんな心持だらう、どんな心持だらう、
 
 その時銀座はいつぱいの人出、浅草もいつぱいの人出。
 

 
 除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。
                   よる         ふる
 千万年も、古びた夜の空気を顫はし、
 
 除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。