天の鹿 〜 おはなしの続き 〜




 
二人目の娘、あやに牡鹿は会いに来る。あやは、姉が持って帰ってきた 模様のない濃紺の反物で作った着物を着ていたため、月も星もない 闇夜の中を鹿の市に行くことになる。
魔物の声や、兎が穴から呪文をかけたり、ねぐらの狐が「鹿もろとも ひとのみだ」と脅してくる。帰り道の心配をしたあやは、欲しかった 珊瑚のアクセサリーを諦め、闇夜を照らすランプを買う。
鹿の市のかなり奥まで来てしまったあやは、フクロウの鳴き声を聞き 慌てて牡鹿の待つところまで走る。フクロウが鳴くたびに 今まで出ていた夜店が、ロウソクの炎が消えるように消えていく。
牡鹿の所に無事たどり着くと、牡鹿は「ふくろうが鳴いてからあとは、 生きているものには見えなくなるのさ」と教えてくれた。
あやを家まで送る帰り道、二十頭ほどの鹿の群に出会う。
「鹿が行く。鹿が行く。生きた鹿が行く」牡鹿がそう言うと、 群の中の一頭が、牡鹿に向かって話しかけてきた。

「おい、もどってこられないのかい?」
「それができたら、どんなにうれしかろう」
「そんなら、もう天にのぼるといいよ」
あやが、あんなにたくさんの鹿はいったい何処へ行くのだろうと聞くと、 牡鹿は
「どこだろうなあ・・・生きた鹿のすることは、もう忘れてしまった」と悲しそうにつぶやいた。
一年後、三人目の娘、みゆきに牡鹿は会いに来る。
牡鹿の背にみゆきが乗ると、夕日に染まった木の葉が金色に輝く。 牡鹿が金の葉をお取り、と言ったので、みゆきは胡桃の葉、紅葉の葉、 山椿の葉の三枚を取った。
鹿の市の入口に着くと、やはり清十が残した葡萄酒が入った頭巾が木に掛かっていた。牡鹿はその葡萄酒をみゆきに勧めるが、みゆきは、 「あんたが先に飲むといいよ。あんたはあんなに走ったから私よりずうっと、 のどがかわいていると思う」と言って、牡鹿にお酒を飲ませてあげた。

牡鹿は大きな目をふっとうるませ、残りの半分のお酒をみゆきに譲った。
みゆきが飲み終わると、牡鹿は「行こう」と言って、鹿の市に行こうとする。 今まで、清十や姉の話では、牡鹿はいつも入口で待っていたというので 「ここで待っていないで一緒に行けるの?」と聞くと、牡鹿はこう答える。
「これでやっと、わたしも天の鹿の仲間になれるんだ。わたしのキモを食べた 娘にやっと会えたからさ。そうしてその娘がわたしに優しくしてくれたからさ。 山葡萄のお酒を半分ずついっしょに飲んで道づれになってくれたからさ。 だからわたしは、長い長いさすらいから救われて、たった今、天の鹿に なれたんだ」

みゆきはその言葉を聞いて、ああ、やっぱりそうだ。私が長いこと待っていた人、私のお婿さんになる人はこの人だったのだ。むかし父さんが 殺して、私にキモを食べさせた、その鹿だったのだ、と思う。
そして二人は鹿の市を楽しむ。金の葉3枚を使って、金の梨を半分ずつ食べ、 きのこの雑炊を半分ずつ食べた。
「今度は何を買おう」
「今度は花、やさしい花」
二人は白い桔梗を一束買う。すると急に眠たくなり、そのまま倒れ込むように眠りにつく。どこからか歌声が聞こえてきた。
とろろん とろろん 花嫁さん
白い花抱いて おやすみなさい
あしたの朝の旅立ちまで
静かに静かに おやすみなさい
店で品物を売っていた鹿も、太鼓をたたいていた鹿も、みんな白い花を 胸に抱いたり、角に飾っている。

翌朝、娘のみゆきを探していた清十は、はなれ山の頂から、たくさんの 雲がいっせいにわき上がるのを見る。それは鹿のかたちをしていた。
そしてその中に、牡鹿の背に乗っている娘のかたちを見つける。娘は 白い牝鹿に変わり、他の鹿の陰に隠れて見えなくなっていった。
天の鹿 安房直子
筑摩書房 1979.9.25発行
Written 6 November 2000
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