寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




 
 日常生活の世界と詩歌の世界の境界は、ただ一枚のガラス板で仕
 
切られている。
 
 このガラスは、初めから曇っていることもある。
 
 生活の世界のちりによごれて曇っていることもある。
 
 二つの世界の間の通路としては、通例、ただ小さな狭い穴が一つ
 
明いているだけである。
 
 しかし、始終ふたつの世界に出入りしていると、この穴はだんだ
 
ん大きくなる。
 
 しかしまた、この穴は、しばらく出入りしないでいると、自然に
 
だんだん狭くなって来る。
 
 ある人は、初めからこの穴の存在を知らないか、また知っていて
 
も別にそれを捜そうともしない。
 
 それは、ガラスが曇っていて、反対側が見えないためか、あるい
 
は……あまりに忙しいために。
 
 穴を見つけても通れない人もある。
                              ふと
 それは、あまりにからだが肥りすぎているために……。
 
 しかし、そんな人でも、病気をしたり、貧乏をしてやせたために、
 
通り抜けられるようになることはある。
                                 ほのお
 まれに、きわめてまれに、天の焔を取って来てこの境界のガラス
 
板をすっかり熔かしてしまう人がいる。
 
(大正九年五月 渋柿)


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