寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




 
 宇宙の秘密が知りたくなった、と思うと、いつのまにか自分の手
 
は一塊の土くれをつかんでいた。そうして、ふたつの眼がじいっと
 
それを見つめていた。
 
 すると、土くれに分子の中から星雲が生まれ、その中から星と太
                           さんようちゅう
陽とが生まれ、アミーバと三葉虫とアダムとイヴとが生まれ、それ
 
からこの自分が生まれて来るのをさまざまと見た。
 
 ……そうして自分は科学者になった。
 
 しばらくすると、今度は、なんだか急に唄いたくなって来た。
                                   の ど
  と、思うと、知らぬ間に自分の咽喉から、ひとりでに大きな声が
 
出て来た。
 
 その声が自分の耳にはいったと思うと、すぐに、自然に次の声が
 
出て来た。
 
 声が声を呼び、句が句を誘うた。
 
 そうして、行く雲は軒ばに止まり、山と水とは音をひそめた。
 
 ……そうして自分は詩人になった。
 
(大正九年八月、渋柿)


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