寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




 
 「庭の植え込みの中などで、しやがんで草をむしっていると、不
 
思議な性的の衝動を感じることがある」
 
と一人が言う。
 
 「そう言えば、私はひとりで荒磯の岩陰などにいて、潮の香をか
 
いでいる時に、やはりそういう気のすることがあるようだ」
 
ともう一人が言った。
                                                                ほうちやく
 この対話を開いた時に、私はなんだか非常に恐ろしい事実に逢著
 
したような気がした。
 
 自然界と人間との間の関係には、まだわれわれの夢にも知らない
 
ようなものが、いくらでもあるのではないか。
 
(大正九年十二月、渋柿)


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