さわやか日記
(2004.3.279.2)



目次

人類の未来を背負う少年   スーパー・プルーン Part 1  

全球凍結 2  全球凍結  ダビデとイエス   名医、満足先生   人間は皆死刑囚  不思議な雨 飛行機恐怖症からの解放  

研修旅行  心痛む柱の背比べ とんだ災難  人間は感情の動物  男の逆襲とその結末 宇宙の奇蹟に匹敵する奇蹟 熊出没注意  

 島バナナとあだ討ち   愛はお金で買える  きょうの仕事   お釈迦様の子供の名前  永遠の童貞と処女   映画・パッションを観て 現場の5宝

幻想的な雨 超激辛弁当  バー様とメガネ ああ、迷文  沖縄遊撃隊 現場完成  完成された顔  朝の雑念  ああ、伊江島  生きていて良かった 

 真実を守りましょう 古代インドの宇宙観 人間の悪魔の部分  御真影奉護隊 エイプリル・フールの起源  神と悪魔が与えるもの  59年前,「ひめゆり学徒隊」

2004年3月27日〜9月2日


2004年 9月3日(金)  晴れたり曇ったり  人類の未来を背負う少年   

道路サイドのL型ブロックを並べた後は、その間の目地詰めをいたします。軟らかめのモルタルをゴム手袋をはめて擦り込んだり、薄ベニヤ板の切れっ端で押し込んでいく普通のやり方ですと時間がかかります。正攻法では次々とやってくる仕事をこなしていくことは出来ませんので、現場ごとに奇抜なアイディアを発揮せねばならない昨今であります。

まず、モルタルをどろどろの液状にする。それをお玉ですくって8ミリほどの目地の隙間に流し込んでいく。それから固まりかけたところでウエスでふき取って目地コテで綺麗に仕上げるのであります。 これですと正攻法の10倍のスピードで作業が進行いたします。

9月に入りましたが東京はまだ蒸し暑さがひどい。気温は30度を超えておりました。作業着は汗でびしょ濡れでありまして、乾いた部分は塩の白い縞模様が出来ておりました。無言のまま私は作業を続けた。遠くの離れたところでは金ちゃんがこれまた汗にまみれてブロックを積んでおります。

午後4時ごろ、視線を感じましてふと横を見上げますと、小学3・4年生の少年がランドセルを背負って立っておりました。お玉で、液状モルタルを掬って流し込んでいく作業法に、興味を引かれたようであります。そして、汚れて、汗に濡れて作業する私という人物にも関心があるようであります。年をとりましても肉体労働に従事する私という人物、人生の敗北者か、それとも馬鹿なのか・・・? 少年はいろいろと考えているようであります。

そこで、彼の人間観察のお役にでも立てればと思いましてニヤリと笑い、白い歯を見せてあげた。 少年もつられて笑顔を見せた。

「これ、何だと思う・・・? 美味しいスープだぞ・・・。その辺で売っているような安いスープと違うのだ、ぐわっはっはっはっはっはははー」

少年は笑いながら言った。

「違う、スープじゃない。セメントだよ。セメントを溶かしただけだ・・・」

「・・・へー? すごいね、なんで知っているんだ?」

「僕の父さん、建築家だから・・・」

「なるほど、素晴らしい! 君も父さんの跡を継いで建築家になるのか?」

「いや、僕は科学者になるんだ」

「か、科学者、 す、凄い、・・・ん、恐れ入った。君はただの子供ではない。人類の未来を背負う大物だ。愛と正義と思いやりをもって頑張ってください!」

少年は真剣な表情となってうなずき、離れていった。そして、遠くで振り向いて叫んだ。

「おじさんも只者ではありません、がんばってくださーい・・・」

そして、少年は立派な門構えの家の中へ消えた。なぜか熱いものがこみ上げてきた。やはり、あの子はただものではない、そういう思いがいたしました。

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8月29日 スーパー・プルーン Part 1    


地球が誕生したのが約46億年前、生命誕生は約40億年前である、と百科事典に載っております。いかにして生命が誕生したのか? いろいろと説がございますが、当時の原始大気のメイン成分、メタン、アンモニア、二酸化炭素などに、太陽光線、地震、雷、火事、おやじ、そして火山爆発、宇宙線や、巨大隕石落下などが影響を与えてアミノ酸や核酸塩基、炭水化物などの有機物が合成されていったため、と考えられるようであります。

有機物は生命体の基本物質であります。それに宇宙から飛来したDNAのようなものがくっつきまして初の生命誕生となった、という説もあります。最初の生命体は核のない単細胞(原核細胞)でありまして、大きさは約170分の6ミリでありました。彼らは海を漂う有機物を発酵させたり、解糖させることによってATPを合成したのであります。ATPとはアデノシン三リン酸のことでありまして、DNAやATPの材料となるアデノシンの糖に三分子のリン酸がくっついた化合物であります。

合成されたATPは、アデノシン2リン酸とリン酸に分解される過程で運動エネルギーを発生する、というわけであります。このように酸素を取り入れず、有機物を醗酵させたり、解糖によってATPを合成する呼吸を嫌気呼吸と呼ぶそうです。 これに対して酸素を取り入れる呼吸を好気呼吸と申しまして、それを行った最初の生物はラン藻でありました。彼らは2酸化炭素を取り入れて酸素を放出したのであります。

原核細胞はこつこつと進化を続け、25億年をかけて核を持つ原生生物を登場させました。現在の動植物の直接のご先祖様であります。しかし、酸素不足のために巨大化できず、微小な細菌状のままでありました。そして、6億年前、前の日記で書いた経緯で全球凍結となります。−50℃の世界、生物のほとんどが死滅いたしました。しかし、それは次の大きな進化のための荒治療だったのであります。

全球凍結後の地球は酸素濃度20%、生物巨大化に適した環境となりました。生き物たちは次々と競い合って巨大化の道を歩みます。われわれの祖先(脊椎動物)も微生物から6センチという10万倍の大きさになります。そして2億5・6千万年前までには、哺乳類型爬虫類が出現し、地上を我が物顔で徘徊するようになったのであります。体長50センチの草食動物、ディクトドン、体長3メートルの肉食動物・ゴルゴノプス、そして川魚などを餌にしていたわれわれの祖先・キノドン(体長50センチ)、その他いろいろが巨大化したのでございます。なお、彼らは恐竜ではありません。その頃、双弓類と呼ばれるトカゲのような小さな爬虫類が繁栄しておりましたが、それが恐竜のご先祖様であります。

植物などの光合成生物は、2酸化炭素を取り入れ、水と作用させて酸素を放出する。動物はその酸素を吸って2酸化炭素を出す。地球はオゾン層に取り囲まれた恵まれた惑星となっておりました。

ところが「進化の蠢き」はその状態を ”良し”、とはしなかった。進化には情け容赦はなく、愛と正義と思いやりなども全くありません。6億年前の全球凍結の次は、2億5千年前の8熱地獄となります。地球は激熱地獄となり、95%の生物が絶滅したのであります。

ご承知の通り、地球の半径は6400キロであります。内部は内核、外核、マントル、という火の塊で、1500℃〜4000℃以上の超高熱となっております。その火の塊を取り巻いておりますのが5キロ〜50キロというわずかな厚みの地殻であります。そして、その地殻の下にある厚さ100キロの岩石プレート(仮想の説)は絶えず変動し、大陸移動が休みなしに行われております。

今から3億年前、大陸移動によりパンゲアという超大陸が現れました。その周りを深さ1万メートル余りの海溝がぐるりと取り巻いていた。マントル対流によって動く海洋プレートは、その海溝の下を潜って大陸プレートの下へ下へと入り込んでいきます。そして、その海溝の海底から巨大な岩石が次々と地球内部へ向かって落下を始めたのであります。3000℃もあるマントル層を突き破り、岩石群は2900キロ下にある核に落下を続けた。核の温度は4000℃以上もあります。

巨大岩石群の落下を浴びた核は、乱されて地上へ向かう巨大な上昇気流を発生させた。それは直径1000キロにも及ぶドーム状の火炎体で、スーパー・プルーンと呼ばれております。そして、西シベリアから中央シベリアの高原にかけて、地球史上最大の火山噴火を引き起こしたのであります。噴火は3000メートルにも達し、幅100キロ、長さ1500キロの広がりとなった。

天は火の雨、海は火炎の津波、そして、マグマの大河が隙間なく地上を覆い、逃げ惑う生物たちに次々と襲いかかり焼滅させていった。 この火山噴火により40兆トンの2酸化炭素が放出されたという。それは地球温暖化を急激に加速させ、北極と南極の温度を25℃も上昇させた。赤道付近でも8℃ほど気温が上昇したのであります。

その気温上昇はさらなる悲劇を呼びます。大陸棚の周辺には深さ1キロから2キロの海底にメタン・ハイドレードが堆積されております。これは水とメタンガスが結合して出来る特殊な物質でありまして、海水温度が2・3℃ほど上昇いたしますと気化いたします。将来は石油や天然ガスに取って代わるエネルギーでもあります。

それが海水温度の上昇で一気に気化を始めたのであります。メタンガスの急増。そして、温室効果をさらに高め、気温が一段と高くなる。その悪循環が繰り返され、地球は熱球地獄となります。 メタンは酸素と結合して酸素を消し、自分も消えます。その結果、焦熱地獄の地球は酸素欠乏の世界へと変貌していきます。その酸素欠乏はそれから1億年も続きます。

最悪なる地球環境、進化の蠢きは生物の95%を絶滅させました。南アフリカで発見された「最後の水溜り」という化石、そこには水を求めて、干乾びた水溜り跡に集まった夥しい数の動物たちが、折り重なって化石となっております。

焦熱地獄、そして酸素欠乏の世界、そういう絶望の中でわれわれの祖先・キノドンは奇跡的に生き残ります。・・・そろそろ目がかすんで頭がボーっとなってまいりましたので、この続きはまたの機会にいたします。

しかし、進化の蠢きは焦っているように思えます。 ここまで進化したわれわれ人間はそれが何故なのか、真剣に考えねばなりません。宇宙規模から見れば目まぐるしく変動している地球、5000万年後にはオーストラリア大陸は日本列島と衝突し、日本は10000メートルの高さとなります。アメリカ大陸は2億5千万年後にはアジア大陸と衝突し、超新大陸ができる。そして、あのスーパー・プルーンが巨大化して発生、地球は再び火炎地獄となる。そして、10億年後には海水がマントルに吸収されて乾上り、地球は死の星となります。50億年たちますと、巨大化した最期の太陽に飲み込まれて消え去るのです。

人類、いや、生命体はそれまで大きくに進化し、宇宙を自由自在に飛び回れるようにならねばならないのです。そのためには、愛と正義と思いやりで世界がひとつとなり、心、精神、魂の完成が絶対に必要であります。

進化の焦り、それは生命体存続を危ぶむ宇宙根源の不安かもしれません。

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8月22日(日) 全球凍結 2  

6億年前、地球は全体が氷結、1000メートルにも及ぶ厚い氷の層に閉ざされていた。生物は大部分が死滅し、わずかに温泉地帯で生き残っておりました。生き物と申しましても、ほとんどが現在のエリベン毛虫に似た微生物でありました。その全球凍結は数百万年間も続いたのであります。平均気温−50℃、そういう所では恋人とアイス・スケートを楽しむどころの騒ぎではありませんね?

数百万年後、その氷が溶けてもとの地球の姿に戻ったのは、遅すぎた春が来たからではありません。火山爆発などによる2酸化炭素の増加で温室効果が着実に進行し、さらにメタン濃度が現在の300倍を越えて気温が一気に上昇したからであります。−50℃だった気温は+50℃となり、海面から水蒸気が多量に発生し、水蒸気巻き荒れる視界ゼロの世界となった。その莫大な量の水蒸気が地球を取り巻く積乱雲となりまして、巨大なハリケーンが至る所で荒れ狂うようになったのであります。

その中で最大なものがハイパーハリケーンと呼ばれるもので、中心の気圧300ペストパスカル、最大風速300メートル、想像を絶する恐るべき狂瀾怒涛の地球となった。その状態が、これもまた、数百年も続くのであります。100メートル以上の高潮が陸地を襲い、反対側へと飛び越えていく。海はそのハイパーハリケーンよって全体がかき混ぜられた。海底には全球凍結によって死滅した生物たちの死骸が厚い層で堆積していた。

ということは全体が栄養分豊かな海水となったのであります。言い換えれば、一本2000円もするニンニク入り栄養ドリンクの海が出現したことになります。そして、ハイパーハリケーンが治まり、穏やかな自然環境となったとき、その無限に広がる栄養ドリンクの海で光合成生物が爆発的に繁殖するのであります。海面はすべて緑色となり、酸素の大量生産が始まります。

それまでの大気には酸素が1%しかありませんでした。したがって微生物は巨大化することが出来なかった。しかし、栄養ドリンクの海と光合成生物の活発な働きによって酸素が急増し、大気中の20%にまで跳ね上がったのであります。

その豊富な酸素を取り入れて微生物は巨大化への進化を始めます。巨大化にはコラーゲンが必要であります。 コラーゲンと何か? ・・・他人様を「コラー」と怒鳴って、ゲンコツで殴ることではありません。

それは半透明のジェリー状の物質で、動物の結合組織,骨,腱(けん)などを構成する硬タンパク質であります。哺乳類では全タンパク質の4分の1を占めておりまして、骨は90%、皮膚は70%がコラーゲンで出来ております。つまり、われわれの60兆個の細胞はこのコラーゲンにくっ付いていろいろな組織体を構成していることになります。

このコラーゲン、酸素不足だと絶対に出来ません。全球凍結まで生物が微生物のままであったのはそのためであります。豊富な酸素、微生物たちは一斉にコラーゲンを作り出して巨大化へと進化していきます。

地球に初めて出現した大型動物は体長30センチのプテリデニゥム、ヨルギヤ、チャルニオディスクスなど、100種類を超えております。これらをエディアカラ生物群と言うそうであります。その中にわれわれの祖先、つまり、脊椎動物の元祖もおりまして、キンベレラと呼ばれております。体長6センチ、おたまじゃくしのような形をしております。微生物から10万倍の大きさに進化したのであります。れわれの祖先がここまで進化するのには35億年もかかっております。全球凍結がもたらした結末は、生物巨大化実現とその進化であったのです。以上、肩の凝る話ばかりとなりましたが、これは私の道楽的学習でありまして、土木作業員の冷や水、愚かな男の抵抗であります。 一生懸命勉強して感動し、賢くなる。そして、学習したことは、3日後に忘却の彼方へと旅立たす。

これが人生だと思います。忘却なくして人の進化はありえないのかもしれません。そして、私にとってツルスコ舞こそ進化のスーパープルームであります。

スーパープルームとは何か? 次はそのことについて学習して、忘却の彼方へ飛ばすことにいたします。

では、皆さん、それまでお元気で進化を続けてください!

これが人生だと思います。忘却なくして人の進化はありえないのかもしれません。そして、私にとってツルスコ舞こそ進化のスーパープルームであります。スーパープルームとは何か? 次はそのことについて学習して、忘却の彼方へ飛ばすことにいたします。

では、皆さん、それまでお元気で進化を続けてください!

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8月16日(水) 全球凍結  

最近の日本、異常気象が続いております。・・・これは異常というより、異変,と言ったほうがいいのかもしれません。観測始まって以来の大雨、熱帯夜、台風、地震、津波、害虫異常発生、・・・何かとてつもない天変地異の起こる前触れかもしれません。しかも、それが地球的規模で起こっている、となると少しは頭を冷やして天地大自然を見つめる必要がある、と思います。

宇宙、天地大自然、時空の流れ、それをわれわれはあまりにも無感覚的、無責任的に見つめているのではないだろうか? いや、見つめることさえせず、ただ漫然と己のことだけを見つめて生きているのではないだろうか? 知性のない植物が知性体以上の優れた進化をする。優れた知性を持ちながら、下等で醜い退化をする。・・・ということは価値観を超越した真実で本物の何かが、意図的な何かを超越してこの宇宙にうごめいている、といえます。

つまり、壊滅するもの、存続するもの、進化するもの、退化消滅するもの、それらが知性のルールを無視して冷徹非情に行われる、ということであります。人類がいかに核兵器を持ち、優雅な生活をして繁栄している、といえども、所詮、地球が無くなれば跡形もなく消え去ってしまう、ということであります。

生命体、それは鮫にくっついて餌のおこぼれをもらうコバンザメのようなものであります。つまり、この地球、天地大自然という巨大生物に寄生してかろうじて生き続ける存在であります。・・・これは意地悪な言い方でありますが、綺麗な言い方をすれば、母親に一切を委ねて生きている赤ちゃん、のような存在が生命体なのであります。

しかし、その生命の親は、これまで生命体を何回も絶滅させかかったのであります。たとえば、今から約6億年前、全地球が平均−50℃という超低温になり、全てが氷に覆われたのであります。海は2000メートルまで凍りつき、地上を覆う氷の厚さは1000メートル、富士山の3分の2近くが氷に覆われたのです。

幸いそれまでの生物はほとんどが微生物でありましたから、知性も感情もない無機質的な結末があっただけですので、恨み辛みのドラマはなかったのであります。その時、ほとんどの生物が滅びたのでありますが、幸い温泉地帯が至る所にありましたので、微生物の一部はそこで何とか生き延びていたのでございます。

なぜ、全球凍結になったのでありましょうか? それはでございます、なんと申しましょうか、そのころ、われわれの祖先の微生物(脊椎動物の祖先)がおりまして、それが光合成微生物から酸素をいただいて繁栄しておりました。そのころの地球は酸素欠乏でありまして、現在の20分の1しかなかったのであります。そして、もうひとつ、メタン菌んという微生物が無限大近くおりまして、それがメタンガスを多量に発生させまして、地球温暖化に寄与しておりました。

メタンガスは二酸化炭素の20倍の温室効果がありますので、−270度という宇宙の平均温度から地球の生命体を守ってくださっていたのであります。ところが、温暖化の恵まれた地球環境になりますと、光合成微生物が異常に発生、海のすべてを緑色に染めてしまったのでありんす。そして、酸素が急激に増加したのであります。ところが、この酸素、温暖化に寄与しておりましたメタンガスとくっ付きまして、次々とそれを消し去っていったのであります。

そして、メタンガスが少なくなり、温室効果が極端に低下、地球は低温化への道を歩み始めた。そして、あれよ、あれよという間に地球全体は氷の塊となってしまったのであります。・・・これで地球生命完全絶滅、かと思いましたが、・・・そこで意図的な、なにかがうごめきだしたのであります。

1000メートルにも及ぶ氷を破っていたるところで火山爆発、そこから吹き上がる二酸化炭素が全地球空間に充満した。その二酸化炭素はほとんどが海水に溶けてしまうのでありますが、その海水が完全に凍っておりますので溶けることができなかったのでありであります。そしてそれは温室効果となり、地球の気温は一気に上昇を始めた。

これで一件落着、と思いたいのですが、生命体の悲劇と試練はこれからが本番となります。・・・夜も更けましたので、良い子の寝る時間となりました。悪い子は夜更かししてもかまいません。この続きはまた明日の今宵に! では、皆さんお休みなさい、すばらしい夢の世界でありますように!

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8月8日 ダビデ王とイエス

今から約3000年ほど前、古代イスラエルにダビデという王様がおりました。

彼はエッサイというお方の8人兄弟の末っ子でありましたが、少年のころ、侵攻して来たペリシテの軍隊を、巨人・ゴリアテを石投げによって倒すことによって撃退したのであります。それによってBC1011年サウル王の後を継いで2代目の王となりました。

眉目秀麗で筋骨たくましくて背が高く、それに頭がよくて音楽に秀でているとなると一夫多妻の時代ですから、当然、大勢の側室を囲うようになったのであります。

男というものは苦しいときは神をあがめ、謙虚になって真面目に働くのですが、富と権力、名声を得ますと心が緩み、本能と欲望の奴隷となって、出鱈目なことをするようになる傾向が大であります。

ある日、ダビデが王宮のバルコニーから下界を遠望しておりますと、水浴びをしている全裸の美人を視線が捕らえてしまった。

黄昏の薄闇に白真珠の肌を浮かべ、豊満な乳房を両手で撫でながら夜風に髪を委ねる。長い足を大胆に広げ、くねらす肢体にダビデは目眩を起こした。

彼女の名はパテシバ、残念ながら人妻で、夫はダビデの部下・軍人ウリアであった。しかし、ダビデは内部で核融合爆発するすさまじい欲情をどうすることもできなかった。

そこで使いを送って彼女を個室に呼び寄せ、激しく本懐を遂げたのであります。女を動かすのは「利害と快楽と虚栄心」とディドロが仰いますように、パテシバのハートはその全てを満たすダビデに乗り移ってしまった。

自分から多くの激しいものを奪い取る男に女は全てを捧げる・・・。パテシバはダビデの子を身篭り、夫ウリアをダビデに入れ知恵し、戦場の最前線へ送らせて戦死させてしまった。

そして彼女が産んだ子がダビデの十男・ソロモンであります。しかし、ダビデはユダヤ民族からメシアと崇められるお方でもあります。彼の侵した罪は当然、その後のユダヤ民族の悲劇の根源になったともいえます。

しかし、彼は己の罪を悔い、神に許しを請い続けた。旧約聖書(マタイ1章)によりますと、それによってダビデの王権と統治は永遠に続く、という神との約束がなされたという。

それは何を意味するか? おそらく、1000年後にイエスとして生まれ変わる、という意味かもしれません。

ダビデは美女の魅力に負けて身を滅ぼした。しかし、1000年後に生まれ変わった彼、イエスは荒野を彷徨っていた時期に、妖艶の魔女たちの誘惑を断ち切って真の王国の礎を築いたのであります。

「どんな美人といえども、身体の内面から見れば大小便の器に過ぎない」 これは言いすぎだと思いますが、そういう観点からしても美女に弱い、という男の姿をダビデ王に見るような気がいたがします。

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7月30日(金) 名医、満足先生   

車で7分ほどの所に信愛病院があります。そこの整形外科の医者の名前は「新井」、70歳前後のお方とお見受けいたします。

彼に最初に診てもらったのは5年ほど前で、その時は左足関節の怪我でありました。その時のせんせいの名前は「満足」でありました。それがなぜ「新井」に変わったのでしょうか?

看護婦さんに聞きますと、「満足」という名前のために、患者さんや周りの関係者達から何度も笑われたという。それで怒ったせんせいは「新井」に名前を変えたということです。

法的にそれが認められての変更かどうかは定かではありませんが、わたしには「満足せんせい」のほうが良かったような気がする。

そんな事はどうでもいいことですが、呼ばれて診察室に入りますと「今度はどっちの足を壊したのだ? まさか、真ん中の足ではないだろうね・・・?」ときた。

「そこは骨がありませんので大丈夫です。右足関節を痛めました・・・」

せんせいはベットに仰向けとなった私の右足間節をあっちこっちと押したり撫でたり捻ったりした。そして、看護婦に命じて大き注射器を持ってこさせ、それを取り上げて私の右足関節を見つめた。

「・・・ぎゃー、せ、せんせい、な、なにをするつもりでございますか? そ,そんな危ないものを持って・・・。 」

「中に血がいっぱいたまっている。それをこれで吸い出して、それから薬を入れる。覚悟はいいか? ギャハッハッはっははははー」

満足、新井先生はそういうや否や、そのでっかい注射針をぶすりと突き刺し、関節の内部の奥へ奥へと刺しこんでいった。激痛が頭の芯を麻痺させ、私は失神した。

ふと気が付くと、ほっぺたを叩く先生の顔があった。

「これしきのことで気絶するとは何事だ。これでも貴様、日本男児か、恥を知れ!」

「だって、痛いのは痛いのであります。日本男児は無痛病になれ、という意味でありますか?」

「そうではない、我慢強くなれ、という意味だ。 それより、お前の関節から500ミリリットルもの血が出た。薬を入れておいたから痛みは軽くなったはずだ。2週間ほどは仕事をしてはならん、わかったか?」

私は1000円あまりの治療費を払って病院を出た。痛みはまだ残っているものの、だいぶ軽くなって歩行が楽になっておりました。さすが、名医、満足先生であります。

3日ほど休んで、月曜日から現場復帰ということになります。みなさん、怪我には十分気をつけて、いつも安全な作業、仕事を心がけましょう!

 ・・・え? そんな事は当然のあたりまえで完璧にやっている? ・・・大変失礼致しました。 私だけが不注意でした。あはははははははーー、では、また明日!

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7月29日(木) 人間は皆死刑囚    

東京は、久しぶりに雨らしき雨が降っておりますが、この雨、温い感じであります。天空から温水が散布されているようで、地上の熱気がさらに勢力を増しております。台風10号が大陸の高気圧に押されて速度が低下、冷たいはずの雨が温いのはそのためかもしれません。

きょうは仕事を休んでおります。しかし、それはその雨のためではありません。現場でブロック塀の上から下の積草の上に飛び降りたところ、その積草の下に大きな岩石が隠されていたのであります。積草のクッションだけを計算しての、身体の衝撃対応モードは狂ってしまい、予想外の硬い衝撃が足から突き上がって、宇宙の果てへと飛んでいったのであります。

目から無数の火花が飛び散った。それが小さなピンクのハート型だったのは何故か? 決して、歩道を歩いていた綺麗な娘さんのせいではありません。

そんな事はどうでもいいことでありますが、とにかくそれによって右の膝関節の軟骨が傷つき、歩行困難となった。激痛をこらえながら、その日の仕事を何とか終えて帰ったのでありますが、今朝は関節が腫れ上がって歩けない状態であります。

それで会社に電話しようとしたところ、逆に会社から電話が来て、仕事は「雨で中止」ということになったのであります。

バーさんが言った。

「あんたという収入源が死んだら、私と息子はどうしたらいいのでしょうか? 生活が出来なくなってしまう・・・」

・・・女というのは冷たいものですね? この雨のように温もりがあったほうがいいと思うのですが、子孫の繁栄のためならその場で旦那を食ってしまうカマキリのように、個体の生存より、全体の存続が最優先される本能的メカニズムになっているのですね、女というけだもの、・・・いや、失礼、女という知性体は・・・! 

ばーさんにとっての私は、収入源としての存在のみであって、私という人間そのものへの愛、思いやりは何もない、ということになる。そこでご返答申し上げました。

「何も心配する必要はない。第2、第3の若いツバメが新たな収入源として現れる。お前ほどの美人なら、たとえ石器時代の若い娘であっても候補者は後を絶たないはずだ・・・」

「・・・あんたって相変わらず馬鹿だね! カマキリの雌だって、卵を産んだ後は死ぬのです・・・。第2、第3の若いツバメが現れても、私というカマキリは第1のツバメでおしまいなんだよー。つまり、あんたが死ねば、私も終わりということだ。分かったかー・・・」

ありがたいような、ありがたくないような屁理屈であります。しかし、考えて見ますと、人間は幸せを求め続ける限り、幸せにはなれないものであります。 ほんとの幸せとは幸せを諦めることかもしれません。 人間はいつか必ず死ぬ、それを思えば人間は全て死刑囚のようなものでありまして、その時期が分かっていない、ということだけであります。

でありますから幸せを求めずに、今から病院へ行ってまいります。幸い、真ん中の足は健全で強烈、不老不死でありますので、あと500年はまだまだ土木作業員として生きられると思います。 ・・・? そんなこと関係ありませんね? 大変失礼致しました。深く考えずに笑って許してください!

では、また次の日記が書ける日まで、みなさん元気でねー!

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7月18〔日〕 不思議な雨

毎日、暑い日が続いております。現場内はおそらく40度前後の気温になっていると思います。一日4リットルの水を飲んで、2リットルの汗と2リットルのおしっこを出す。そして身体はいつも75%の水分を保っているわけであります。

作業を終了して帰る途中、汗に濡れた服が乾く。すると塩分の白い縞模様が隙間なく表れるのです。働いて汗を流すことは健康にいいですね? 体内の老廃物や不純物、毒素などが汗によって綺麗に浄化されるからであります。そして、心も浄化されてすっきりさわやか、人間完成への進化が順調に進んでいるのであります。

作業はブロック積みでありました。モルタルを使う仕事ですので雨は禁物であります。暑いですので雨が降って欲しいのでありますが、それでは仕事が出来なくなりますので灼熱の太陽様に感謝しつつ真面目に働いておりました。

ところがであります、午後3時を過ぎた時、雷鳴がとどろき、あたりが真っ暗くなったのであります。上空を見上げますといつの間にか積乱雲が渦を巻き、不気味に稲妻を走らせつつ広がっていた。

そして、熱風を伴ってあたり一面視界ゼロの豪雨となった。これでは仕事が出来ない、・・・と思ったのですが、 ????おかしなことが起こったのです。50平方メートルほどの現場内だけに雨が降らないのであります。もちろん周りは凄まじい大雨であります。

「そんな馬鹿な・・・」 男たちはめいめい叫びながら現場との境から手を伸ばした。すると、伸ばした手が大粒の雨でずぶ濡れとなる。

「今がチャンスだ、早く仕事を終わらせろ!」

私は大声で怒鳴りまわった。雷鳴と豪雨の音を聞きながら作業は急ピッチで進行し、午後4時前に終了した。それから30分後、土砂降りの大雨が現場に襲い掛かったのであります。その時、モルタルは完全に乾いておりましたので問題はありませんでした。

しかし、それにしても不思議な雨でありました。自然界には慈しみの心があるような気が致しました。日頃の行いを良くし、天地大自然に感謝しつつ日々を働く、それが根源の神に通じる道だと思いました。

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7月4日(日) 飛行機恐怖症からの解放

私は飛行機恐怖症であります。昔、米軍輸送機に乗ってサイゴンへ行っての帰り、ミグ戦闘機数機に追われ急降下と急上昇、急旋回の繰り返しでミサイルと機関砲弾を交わしながら、命からがら逃げ帰った恐怖の体験があるからです。名パイロット、ハッサク大尉の神業的操縦に救われたのであります。

したがって今回の北海道旅行、それは死を覚悟した決断であり、私にとっては飛行機恐怖症との闘いでもあったのであります。

300名余りを乗せたジャンボジェット機、それが突然、轟音を上げて滑走路を突っ走る。窓の外を見ると巨大な翼がしなるように揺れている。そして急上昇、旋回、微動、突然の揺れ、 ・・・ぎゃー、もうだめだー、私は失神しそうになった。

ところがよく見ると、私一人だけが飛行機恐怖症ではなかった。男達全員が恐怖に青ざめていたのだ。ある者は寝たふりをし、ある者は意味のない笑い声を上げ、ある者は片足でタップを狂ったように繰り返していた。

そのことが私に考える微かな余裕を与えてくれた。

飛行機は最も安全な乗り物であります。故障は別として、悪天候で墜落したという例は全くない。それを十分に知っていながらなぜ恐いのだ・・・?

 それは、今の恐怖心は現実の状況が引き出しているものではなく、過去の記憶に刻み付けられた恐怖、心のキズ、無意識を支配している不安と絶望の成せる技ではないのか?

・・・ということはこの恐怖心は過去に光源を持つ映像のようなもので、現状の自分の感情ではない。つまり、今の私は過去の感情から照射される幻影に怯えている、ということになる。

そのように考えて行きますと、不思議にも恐怖心が薄らいた。現実を直視し、過去の残像と幻想の奴隷となるな・・・! 現実の確実性に忠実となれ・・・!

 そのように己自身に言い聞かせ続けておりますと、新千歳空港に着陸した時には恐怖心から完全に解放されていた。

そして、帰りの飛行機も完全に恐怖からの解放となっていたのであります。飛行機恐怖症、長い間お世話になりました! これで永遠にさようならであります。

しかし、家の敷居を跨いだ途端どうなるか、邪推と拷問狂のバーサンがナギナタと大ハンマーを持って待ち構えているのだ・・・。ばーさん恐怖症、こればかりは悟りではどうにもなりません。誰かダズゲデグレー・・・。

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7月1日(木) 研修旅行 

「研修旅行」 ・・・つまりそれは、ただの旅行ではありません。特定地域の貴重な情報を得て、見聞を広めるための旅行、ということであります。それが会社のためにもなり、個人の人間性を高めることになる。そして、人類の清くて美しい進化発展に役立つ、というのがその目的であります。

浮かれ気分の行楽遊山ではなく、ましてや酒を飲んで、厚化粧の夜の蝶とカラオケを歌い、一夜限りの、二人だけの黄色い朝日を拝むためではないのであります。

そういう訳で、研修旅行を貴重なものにするためには「やり残し」の仕事があってはならないのであります。それで、昨日、今日と凄まじい重労働の作業となったのであります。

昨日は午前中は激しい雨となった。天気予報は曇りであったのですが、台風8号のせいでありましょうか、積乱雲が乱れて千切れ、稲妻雷鳴とどろく豪雨となったのであります。

その中で金ちゃんと私は東久留米市で、ブロック塀の叩き壊しとその撤去作業に従事した。それが終わりませんと安心して研修旅行に行けないのであります。

二人はびしょ濡れとなり、ヘドロにまみれて懸命に大ハンマーやツルハシを使ってブロックを壊して行った。・・・しかし、ドブに落としてもダイヤモンドはダイヤモンドであります。それと同様、如何にヘドロにまみれて汚れてもハンサムはハンサムであります。つまり、男の真価は外見ではなく、世のため人のために真剣に働く心にあると思います。

たとへ、ボロはつけても心は錦、そして、泥にまみれてもハンサムの輝きは増すばかりであります。たとへ身に光華の衣をまとい、名誉名声の頂点に立つ男であっても、小学生の教え子に猥褻行為をしたり、女性部下にセクハラを働くような巡査部長、高速道路料金をごまかすような会社社長は錦はつけても心はヘドロ、ということになります。

・・そんな事はどうでもいいことでありますが、おかげさまで5時ジャストには、3日かかると判断された作業が見事に終わったのであります。報告を受けた社長はびっくりでありました。

そして、きょうは、三鷹の現場の鉄クズ撤去処分であります。3トン車にいっぱいとなったスクラップを見て社長の顔が曇った。

「これほどだと、 廃棄料は3万円ぐらいとられるだろうな・・・」

そして、私は3トン車を運転して廃棄処理場ではなく、鉄クズ回収業者の工場へ向かった。その名は青木リサイクルセンターであります。総重量530キロ、単価が11円と7円、の2種類に分かれた。・・・そして、な、何と4478円が渡されたのであります。

3万円取られるのが逆に4000円あまりの収入となったのであります。そのことを携帯電話で社長に報告いたしますと、「馬鹿なことを言うんじゃない」と絶対に信用しない。

腹が立ちましたので、

「ではその現金を社長のデスクにおいておきますので、あとはかってにしてください・・・! これにて失礼致します 明日の研修旅行、ご辞退いたします」

社長、慌ててビックリ、わけの分からない言葉を放った。

「わ、わ、わ、わ、わーーー、わるかったー、ごめんチャイ、その4000円は金ちゃんと山分けしてねー、明日は7時10分に羽田空港集合ですよーーー、うは、うははははー」

というわけで4000円は金ちゃんと山分けとなりました。

明日朝、3時に家を出て、西川口の金ちゃんのところまで行って彼を迎え、それから会社へ来て4時半に全員で出発し、狭山の男たちをバスに乗せて羽田に向かいます。

北海道の最初の夜は「洞爺湖サンパレス」だそうです。そこでゆっくりと温泉に浸かることに致します。

というわけで、月曜日までは才相成る貴方様へのレスやご訪問が出来なくなりますのでお許しのほどを・・・!

では、みなさん、それまでお元気で!

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6月26日(土) 心痛む柱の背比べ

居間の柱に背丈を計った後の線が引かれていた。一番下の線が1メートル30センチほどの高さで、一番上が1メートル65センチほどでありました。その間には無数の線が刻まれておりまして、一つの線ごとに年月日が書き込まれていた。1995年4月に始まり、2003年12月に終わっていた。

どうやら姉と弟がいて、弟が幼稚園に上がってから2人が背比べをしたと思われます。姉は二つほど年上で、弟思いの優しい心の持ち主だったことが想像できます。それぞれの部屋には熊の縫いぐるみがあり、人形があり、ゲームボーイがあり、サッカーボールがあり、グローブとバットなどがあった。

最初の線が、弟の5歳の時のものだったとすると、姉を追い越した最後の線は13歳、中学2年生か3年生、そして姉は高校生であったということになる。二つの子供部屋には純粋で明るい雰囲気が時空のどこかに痕跡として残されている感じがした。

この家庭が黒い影に覆われるようになったのはいつの頃からであろうか・・・? 電気店の経営は暗礁に乗り上げ、父はその資金繰りに懸命に駆け釣り回ったのだ。母は夜の仕事に行くようになり、身を切り売りするようになる。

雪ダルマ式に膨れ上がる負債、借金、そして、その場しのぎの先日付小切手や手形の乱発となっていく。最後の手段は個人破産しかない。しかし、それは脅迫によって許されず、尾行され、監視され生命の危機に陥る絶体絶命の所まで追い詰められた。

神の救い、奇蹟・・・、それしかこの家庭には残されていなかった。その奇蹟を父と母は宝くじに託した。段ボール箱には宝くじの外れ券がぎっしり詰まっていた。

ジャンボ宝くじ、インスタント、ロト6、ミニロト、ナンバーズ、その他いろいろ、姉と弟、そして父と母の4人は今度こそ当たるという期待に胸をときめかし、目を輝かしながら、一枚一枚を毎日のように調べた。しかし、神の救いも奇蹟もこの家庭には冷たくそっぽを向いた。

その電気店と2階の住居の解体、それを元受会社がやることになり、最初の1日だけ手伝いすることになった。つまり、家財道具一切を運び出して2トンダンプに積み込んで廃棄する、という仕事をさせられたのであります。

一家が行方不明になってから半年が過ぎている。冷蔵庫の中には腐った肉や卵、ビール、野菜などが悪臭を放っていた。

「法的手続きは取ってありますので、遠慮なく取り壊し、廃棄処分してください・・・」

工事発注主の不動産業者が愛想笑いを浮かべながら大声で叫んだ。私はまず、冷蔵庫やクーラー、洗濯機などの電化製品から運び出した。

柱に刻まれた背くらべの線・・・、この一家は、・・・姉と弟は今頃、何処で、どうしているのであろうか・・・? 心が痛みます。

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6月20日(日) とんだ災難  

現場は八王子市の緑町という所であります。会社から現場までは2時間あまりの距離であります。朝、家を出るのが6時前となり、会社から2トン車に乗り換えて現場へ出発するのが6時30分となります。

現場へは8時30までに到着しなければならない。道は全て車の大洪水となります。相棒の金ちゃんは助手席で鼾を掻いて寝ております。私は汗だくとなり、時計を見ながら懸命に運転をする。ちょっとでも油断すると割り込みを許し、気分が害される。

左方に横田基地が現れると現場までは30分となります。それから20号線を横断して現場到着と相成るのであります。

そして、炎天下の作業・・・。セメント、砂、ブロックを一輪車に乗せて40度の坂を上ったり下りたりを繰り返し、鉄筋を加工し、ブロックを配置し、セメントを練る。

金ちゃんはセットされたブロックを積み上げていく。彼のほうが早くてうまいからだ。つまり、炊き込みから苦労して餅を作り上げると、それを金ちゃんがうまそうに食べる、というようなものであります。

しかし、そこにはお互い協調心と、感謝、思いやりの言葉遣いがありますので作業はスムーズに進み、親睦の絆はさらに強くなっていきます。

そして帰り、金ちゃんは車の中で缶ビールを飲みます。私はダイエットコーラであります。土曜日の16号線は一段と激しく渋滞となる。横をノロノロと走る高級乗用車の中では若い男女がキッスをしたりしております。金ちゃんはそれを羨ましそうに眺めたりした。

突然、金ちゃんが言った。

「おしっこしたい、漏れそうだ・・・」

え? こんなところで? これは困ったことであります。車を止めようにも止められるような所ではないし、強引に脇に止めたとしても、放尿できる穴場はない。右に横田基地が続き、左には人通りの激しい商店街が延びている。

時間の経過と共に金ちゃんの悶えは激しくなっていった。額から汗がだらだら、顔面真っ青、唇は真っ黒であります。

「ギャー、も、漏れるー、ダズゲデグレー・・・」

「だから言ったじゃないか、ビールを飲みすぎるからそうなるんだ・・・」

こういう非常事態にはどう対応すべきか、私は考えた。そして、名案が浮かんだ。私が飲んだダイエットコーラのペットボトル、幸い飲み口は大きく、金ちゃん程度の一物が入るのにぴったりである。私はそれを金ちゃんに渡した。

「この中に突っ込んでおしっこしろ。ただし、絶対に漏らすのなよ、お前のは臭いからな・・・」

金ちゃんは血走った目でそれを奪い取り、股間をまさぐってモゾモゾ、そしておしっこ・・・。
ペットボトルと、金ちゃんの喉もとから圧縮空気の漏れる音が聞こえた。

・・ところがであります、いつまでたっても金ちゃんはペットボトルを離そうとしない。しきりにモゾモゾしております。

「えらい長いおしっこじゃないか。もう5分は過ぎているぞ、凄い量がたまっているんだな?」

「ち、違うんだ。・・・今度は抜けなくなったのだ。・・・こ、このやろう、いつもの倍も膨れやがったー、・・・い、いたいー、ダズゲデグレー・・・」

「な、何で腫れたのだ。 ・・・変なことを考えたんじゃないのか? お前、スケベーだからなー」

「そんな事はどうでもいい、早く、なんとかしてくれー、い、いだい、し、死ぬー・・・」

しかし、いったん腫れた一物を萎ますのはそう簡単ではない。第一、どうすれば萎むのかさえも全く分からないのだ。私は、再び考えた。全く世話のやける男であります。だが、今度ばかりは名案は浮かばない。ただ二人とも走る車の中でうめき声を上げるばかりであった。

突然、耳をつんざく爆音がして横田基地の滑走路にジエット戦闘機が下りてきた。あまりにも凄まじい炸裂音に金ちゃんはビックリして悲鳴を上げた。と、同時に一物がペットボトルからスッポンと抜けた。

「こ、こぼすなー、車が腐る・・・」

咄嗟の叫びに、金ちゃんは慌てて黄色い溶液のペットボトルを立て直し、蓋をした。これにて一件落着であります。

今日は上品でない話題ですみません。次は高尚な話題にいたします。では、また次の日曜日にお会いいたしましょう! Have a nice day!

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6月17日 人間は感情の動物  

「人間は感情の動物」と申しますが、その感情とは一体なんでありましょうか? 私にはよく分からないのでありますが、それは大別して「喜怒哀楽」となるのでしょうか?

では、欲望とか、憎しみ、妬み、嫉妬、その他いろいろは何でありましょうか? 考えれば考えるほど謎は深まるばかりで、ノイロン・シナプスが狂うばかりであります。

これがノイローゼの原因となるのでしょうね? ・・・しかし、あたりまえのことを深く、冷静に考えて見ますと、感情の根源とその発生は生命の危険度、あるいは生命の安定度の無意思的認識にあると思うのですが如何でしょうか? したがって恐怖と安心感、絶望と希望、悲しみと喜び、などが感情の根源である、と思います。

ということは怒り、恨み、嫉妬、傲慢などは悲しみ、安心の変形であり、感情には属さない、ということになります。つまり、大金持ちならば安心して傲慢になり、貧乏人にならば絶望と悲しみに打ちひしがれて恨み心を持ち、卑屈になる、ということであります。

・・・しかし、万物の霊長たる人間の感情が、そんな低級なものに依存しているとは思いたくありません。やはり、宇宙の進化に同調し、自分自身が宇宙の意図に沿っているかどうかに自己卑下と自己納得が認識されて、喜びと悲しみが湧いてくるのだと思います。

いずれにせよ、人の心、感情というのは難しいものでございます。素晴らしい花を咲かせてくれたエニシダ、百合、アリッサム、菊、石楠花、グラジオラス、トリトマ、その他いろいろが見事に枯れて朽ち果てました。

エニシダなどは無残にも半分ほど切り捨てられたのであります。おそらく放火魔と同じ心理、感情だと思います。美しいもの、素晴らしいもの、幸せなもの、それが絶対に許されない、という心の病の方がこの世には少なくない。

夜中、こっそり石鹸水を撒き、エニシダを鋸で切り倒す、私はその方を哀れに思います。おそらく幼少の頃、虐待され、虐められて心に重傷を負った方の仕業だと思います。

花を咲かし続けてくれた草木たちが、これから立ち直れるかどうかは定かではありませんが、心の病、心の傷に苦しむあなた、悟りを開いて立ち直ってください。神のご加護があるよう心から祈っております。

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6月13日(日) 男の逆襲とその結末


旅行先に変更があったため、バーサンが社員旅行に参加することをOKいたしました。行程は7月2日、羽田から新千歳空港へまいりまして、千歳ノーザンホースパーク、アイヌ民族博物館、登別地獄谷、熊牧場、洞爺湖温泉、となるそうであります。

それから7月3日と4日にかけまして、昭和新山、有珠山、小樽、札幌市内観光、etc となりまして4日の15:30 羽田へ戻ってくる、というわけであります。

バーサンは行程表を拡大鏡で綿密に調べ、これなら大丈夫、という判断の元にGOサインを出したのであります。

「長年、貴方様の同居人を勤めさせ頂いておりますが、まだ、私の人間性が信用できないのでございますか?」

ひそかな皮肉にバーサンはしばらく黙ったあと答えた。

「・・・自分は真面目で、立派で、信用に値する人間、と思っている男はみな不真面目で、信用できない。そして、それを口にする男は本物の悪党で、危険な獣だ・・・」

な、なんと、強烈で痛烈な暴言か・・・。私がおめでたくない男なら、猫も食わない大喧嘩となっているところであります。(猫だったのか、犬だったのか・・・?) 私は男の面子にかけて逆襲した。 

「・・・人間はいつか必ず死ぬ。その時、火葬場の火に焼かれてダイオキシンや一酸化炭素のような猛毒ガスとなって大気を汚染するか、あるいはシャネルNO5のような芳香となってオゾン層を美しく彩るか否か、・・・それが男の価値を決定する重要なポイントでございます。立派な真面目人間でもサリンのような猛毒ガスとなって火葬場の煙突から出るようでは大悪党と変わりはない・・・。私は、バラの香りになると思いますが、如何でしょうか?・・・」

バーサンは口をあんぐり、目をぱちくりさせた。そこでさらに追撃した。

「貴方様は火に焼かれても平気でしょうね? 湯船に浸かるように地獄の炎の中でのんびりと片膝を立て、大きな餅を焼き続ける。これがほんとの大焼餅だ、ぐわっはっはっはははははー・・・」

バーサンは激怒。いきなりアッパーカット、空中10回転回し蹴り、原爆投げにゴブラツイスト、頭突きに股間蹴りに脳天逆落とし、・・・ギャー、誰かダズゲデグレー・・・。

おかげで私は重体であります。7月2日、洞爺湖温泉の湯に浸かって心身の怪我を癒してまいります。

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6月7日(月) 宇宙の奇蹟に匹敵する奇蹟  

昨日は日曜日で休み、そして今日は雨で休み、・・・これは2連休となりますが、日給制の労務者にとってはありがたくない不安材料の一つとなります。家にごろごろしておりますとバー様のご機嫌が悪くなりますので、いつものように池袋へ映画鑑賞に行ってまいりました。

「The day after tomorrow 」 これはいい映画でありました。何処がいいかと申しますと、人間は宇宙次元において吹けば飛ぶような存在である、ということをはっきりと明示している点であります。

宇宙の平均温度は−270.3℃、学問的に解明された全宇宙総合温度は、一兆度の一兆倍のそのまた1億度、であります。したがって我々が生存している地球温度、摂氏−50度から80度の気温というのは、針先ほどの恵まれた幸運の環境である、ということがいえるのであります。

しかし、人間にはその幸運、有難さが分からない。全ての奇蹟が奇蹟でなく、あたりまえ、と言うことになるのであります。水も空気も、太陽熱も、月の引力も全てがただであります。強ければよい、金がありさえすればよい、全人類を支配する権力があればよい。

・・・しかし、たかが100年前後しか生きられない人間ではないか。しかも、息がたった10秒でも止まれば悶え苦しみ、5分間それが続けば完全に死んでしまう脆い存在なのであります。

地球、太陽、月、そしてこの宇宙があるゆえの人間、生命体ではないのか? しかも、その絶妙な仕組みと奇蹟、調和、バランスによってのみ生かされている生命体ではないのか?

・・・人間は今、宇宙の根源を見つめ、傲慢さを捨てて、謙虚に人間とは何か、を考える時期にあると思います。

・・・ん、何で今日はこういうことを書いたのであろうか? おそらく、バーサンが北海道のススキノへの社員旅行に反対したからだと思います。

「あーた、北海道のススキノってどういうところか知っているのか?」

「ん? それは温泉があっていい所であります」

「そんなんではありません。それは愚かな男達が喜ぶ赤線、歌舞伎町、吉原なんであります。あーた、私を裏切って不貞を働くつもりかー!」

「ひえー、それはほんとのホンとでありますか? 真面目な私にはそんなこととは知らなかったー、明日、さっそく断ってきまーす・・・」

しかし、バー様の機嫌は最悪、機関銃を持ち出してスダダダダッダッダッダダダーと打ち出したのであります。それを私はタップダンスにアルゼンチンタンゴ、沖縄のカチャーシとクイチャー、そしてツルスコ舞を見事に演じながら交わしたのであります。

これは宇宙の奇蹟に匹敵する奇蹟となったかもしれません。

・・・わけが分かりませんがこれにて一件落着、では、みなさん、明日またお会いいたしましょう! 大変お騒がせ致しました・・・?

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6月4日(木)  熊出没注意

ツルスコ・レーキ舞の達人ともなりますと、その動きは白鳥の湖、「情景その1」となります。本日、6月4日、10人で3日かかる仕事をたった二人で終わらせた私は家に帰りました。そして、冷えたビールを飲もうと致しますと、な、な、なんと6匹の熊が眼前に現れたのでございます。

ロト6は当たらないのに、なぜ熊6と出くわすのか・・・? ノイロン・シナプスの回路の解明にくまった私はバーさんに尋ねました。

「この熊たち、貴方様の彼氏からでございますか・・・?」

「・・・なぬ? 彼氏・・・? ♪♪私の彼氏は左利き、頭は左巻きー♪♪・・・」

ん? なんという自尊心を傷つける即興曲か、しかし、私は寛大に笑顔を浮かべました。そして、無言のまま、熊6とビールを酌み交わしたのでございます。

んー、う、うまい! 今宵は素晴らしい夢の中で、熊6とアルゼンチンタンゴを踊ると思います。

ありがとう、Thank you! ちゃみままさん!

では、みなさん、いい夢を! See you tomorrow !

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6月3日(水) 島バナナとあだ討ち

私は宮古島で生まれ、一歳半まではその島の空気を吸って育てられました。それからいろいろな事情で沖縄本島に渡り、那覇市の壷屋、若狭町、その他いろいろと移り住み、最後に北部の伊豆味部落で戦争となったのであります。

それから命長らえまして終戦を迎え再び宮古島へ戻ったのであります。ところが父が戦死しておりましたので、世間の風は冷たく、母は大変な苦労を致しました。それで、金儲けするために沖縄本島へ出稼ぎに行ってしまった、ということに相成ったのでございます。

残された私は叔母夫婦に預けられて寂しい思いをしたのでありますが、そんな事はくだらないことでありまして、どうでもいいことであります。私には、大地というねぐらがあり、宇宙という屋根がある。そして太陽という根源の母があり、月という根源の父がある。

人間の父母はいなくても、根源にして真実の父母はいつも私を見守り、守り育ててくださっているではないか、寂しいと悲しんでいたのでは罰が当たる。私はそういう思いと信念をもって宮古島で小学時代を過ごしておりました。

 ・・・そして、ある日の学校帰り事件が起こりました。道端の民家で飼っているお猿さんが檻から手を伸ばし、下級生の女の子の袖を捕まえるやずたずたに引き裂き、その小指を半分ほど喰いちぎったのであります。

泣き喚く女の子、通りすがった私は慌てて木の枝で猿を威嚇し、その子を猿から離しました。しかし、猿の飼い主は冷たい目でありました。「檻に近づいたのが悪いのだ」と怒鳴ったのであります。

私はその女の子の敵討ちをすることに決めました。しかし、まともなやり方では子供気ない、と思いましたので一計を案じました。

猿にとって最高の好物、それは熟した島バナナであります。そこで、家の裏庭に実っておりました島バナナの一本をもぎ取りましてその猿に与えました。猿は大喜び、皮をむいて一気に食べてしまったのであります。

そして、次の日も、そのまた次の日も与え続けた後、最後に私は仕掛けを致しました。最高に熟した島バナナをもぎ取りまして、包丁で縦に切れ目を入れて、その中に唐辛子をたっぷりと詰め込んだのであります。

皆さんご存じないと思いますが、宮古島の唐辛子は凄まじいのであります。こちらの“鷹の爪”の数倍の辛さがあります。ちなみに、それをちょっとでも皮膚につけますと、火傷するような激痛を伴って炎症を起こしてしまいます。

私は被害者の女の子を引き連れまして、そのお猿さんのところへやってまいりました。お猿さんは私を見ると大喜び、檻の中から手を出して島バナナをねだりました。そこで唐辛子入りの島バナナを与えたのであります。

猿は皮をむくや否や口いっぱいにそれを頬張り、しばらく口を動かした。 ・・・突然、猿の体が硬直した。そして、奇声と同時に飛び上がり、天井に頭を撃った。口から泡を吹き出して暴れまわり、ぎゃー、ぎゃー叫びながら、のた打ち回ったのであります。

包帯の小指を突き出して女の子は笑顔を見せた。ハイビスカスのようなそのかわいい顔が、島バナナを見るたびに思い出されます。

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5月28日〔金〕 愛はお金で買える

現場は三鷹市の中原という所でございます。汗を流して働き、そして昼食となりました。ところが、弁当がないのであります。会社の駐車場に通勤用のマイカーを止め、作業車に乗り換えて現場へ来るのでありますが、その際、弁当の入ったバックをマイカーに置いたまま現場へ来てしまった、というわけであります。

その上、財布も忘れてコンビニで弁当を買うことも出来ない。仕方がないので水だけを腹いっぱい飲んで昼寝いたしました。「弁当はどうした?」と訝しがる男達には「ダイエット中だ」と適当に返答した。

・・ということは弁当は車の中で太陽熱に蒸され、賞味期限が切れることになる。それは、恐妻弁当だ。食べずに捨てたことがばれるとばーさんに殺される。絶対に秘密を守り通さねばならないのであります。

そして、仕事を終えて帰宅、満面に笑顔を浮かべて「ただいまー・・・」、そして余計なことを言ってしまった。「きょうの弁当うまかったー、わっはははっはっはっはっはははー」
 その上、腹の虫がグーグーという泣き声を出し続ける。

一瞬にして全てを見抜く魔女の目が怪光線を放った。私は唄を歌いながらシャワーを浴び、痙攣する顔の筋肉を懸命に解きほぐしながら笑顔を作り続けた。

「あーた、きょうの弁当箱、綺麗ですね? いつもだと米粒が付き、魚の骨などが残っている。それがないということは、食べずに捨てたということですね?」

「いえ、あのその、そんなことはありませんでござーます。あの魚、うまかったー、何という魚でありますか?」

「やっぱり・・・、今日のおかずは魚ではありません。玉子焼きと焼き鳥と野菜炒めです。なぜ食べずに捨てたか、白状しなさい―」

そして空中3回転ひねり回し蹴、一本背負い、巴投げ、ゴブラツイストに脳天逆落とし、地獄の拷問はいつ果てるともなく続いた。私は薄れる意識の中で呟いた。

「あの、きょうは給料をもらってまいりました。汚れた作業ズボンの後ろポケットに入っております・・・」

途端に魔女の顔が仏の顔に急変した。慌てふためきながら汚れたズボンをまさぐり、給料袋を取り出した魔女、・・・いや、観音菩薩様は中身を数えて喜びの声を上げたのであります。・・・そして、刺身をつけてビールを出してくださいました。

一体、女心の構造はどうなっているのでしょうか? 私にはそんな難しいことは分かりません。しかし、「愛は金で買える」ということは確かかもしれません。

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5月24日(月)  きょうの仕事

今日は昨日の明日、そして明日の昨日であります。つまり、日曜日の明日ですので月曜日、ということになります。月曜日は悩みがあるのでございます。それは相棒の金ちゃんのことであります。日曜日、彼は大酒を飲み、月曜日、必ず二日酔いで事務所へやってくる。そして、社長の訓辞を受けて現場へ出発となるのであります。

きょうの現場は足立区。そこへ行くのに国道254号線や環7が混雑しておりますので2時間ほどかかる。あいにく今朝は4月上旬並の寒さであった。したがってダンプのガラス窓は閉めたままとなりました。

ということは最悪であります。車内は金ちゃんが飲んだ焼酎、酒、ウイスキー、ビール、そして貪り食った焼きニンニクと激辛キムチが胃液と化学反応して醗酵した悪臭で充満する。悪臭というよりこれは毒ガス、・・・その上タバコをスッパスッパ、ぐわー、ダズゲデグレー、私は瀕死の状態でガラス窓を開けた。

荒川の川面を流れて来る冷たい風にようやく息を吹き返し、横を見ますと、金ちゃんはいびきを掻いて寝ておりました。そして、指に挟んだタバコの火が燃え尽きて指を焼いたため、彼は悲鳴を上げて目覚めた。

きょうはアスファルト舗装の仕事であります。主役はレーキマン・・・、ということになる。それで男たちは競ってレーキを奪いあって持とうと致します。しかし、それは誰でも出来る、という類のものではない。桃栗3年、柿8年、そしてレーキは10年、となっております。

私のレーキは20年、すでにコケが生えております。自慢ではありますが、私がレーキを使って均した舗装面は1ミリの狂いもありません。しかも電光石火の早業であります。落差0・01ミリ、そこまで見抜く眼力を持っております。そして、レーキは私の意志のままに寸分の狂いもなく動く。それは、コンプユーターの指令のままに動く精密機械であります。

一人の男がレーキを持ってアスファルトを均した。ところが舗装面はデコボコであります。その上、前に進まず、押したり、引いたりの同じことの繰り返しであった。そこへ社長がやって参りまして怒鳴った。

「ばか者! レーキは広大に持たせろといっておいたはずだ。でしゃばるなー!」

ということでレーキが私に回された。自分で言うのもなんですか、途端に仕事は、あれよあれよという間にはかどり、あっという間に終了した。

あら捜しの男が叫んだ。「あそこ下がっておる。検査が通らないぞ・・・」

そこで言ってやった。

「あそこを下げませんと、上から流れてくる雨水が塞き止められて大きな水溜りとなります。そうならないために下げたのです。これで水の流は良くなる。他に文句がございますか?」

男は黙って引き下がった。社長はニコニコ顔であった。

「綺麗な舗装だ。これが広大さんの心ですね?」

「とんでもございません。社長の心の美しさが鏡に映ったようなものです・・・」

帰りに社長は、金ちゃんと私にビール券を渡してウインクをした。車内は金ちゃんの二日酔いも消えて、荒川からのさわやかな風が吹き込んでおりました。

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5月23日 日曜日 お釈迦様の子供の名前  

10年ほど前の8月、東京都昭島市で、生まれた自分の子に「悪魔」と命名し、出生届けを提出したが受理されず、怒った父親が、東京家裁八王子支部に不服申し立てをしたことがありました。世間を大いに騒がし、週刊誌の売り上げを倍加させましたが、結局はそれを取り下げ、「天使」という名に変えて落ち着きました。

悪魔と天使、天と地の差ですね? キムタクさんは生まれたわが娘に「心美」と名づけましたが、親の子を思う気持ち、美しき心であることに変わりはないと思います。

ところでお釈迦様、つまり釈尊の長男の名前ご存知ですか? 貴方様にだけ秘密情報を漏らしますが、「ラーフラ」というのがその名であります。ラーフラ・・・? じつは、これは「悪魔」という意味なのであります。古代インドの神話では太陽を飲み込んで日食を起こし、月を飲み込んで月食を起こす悪魔の名前であります。

なぜ、釈尊はわが子にそんな名前をつけたのか? 他に美しい名前がいっぱいあったはずである。マスン(花)、チャンドラ(月)、ジャーンティ(平和)、ジャワーハルラール(赤い宝石)、ソームナート(月の神)、アムール、ちゃみまま、etc ・・・?謎は謎を呼び暗雲は濃度を増して広がるばかりであります。

伝統的な解釈といたしましては、ラーフラは束縛、障害、足手まとい、という意味もあり、釈尊が出家する妨害となるが故につけられた、ということであります。

・・・しかし、何と申しましょうか、これはデタラメですね? 釈尊ともあろうお方が自分の子に「悪魔」と名づけるわけがありません。 第一、真の釈尊の教えは90%歪められて難解度をメガアップされており、後世の知者賢者、権力者たちの改造が入っているのであります。

そこで、「ラーフラ」の真の意味は何か、夜も寝ないで昼寝して調べてみました。結果は以下の通りであります。

ご存知のようにゴーダマ、つまり、釈尊はシャカ族の出身であります。そのシャカ族のトーテム(祖先の聖なる動植物)はナーガ(竜)であります。これはクンピーラ(金毘羅)というワニの一種ということですが、その頭を「ラーフ」、尻尾を「ケートゥ」、というのであります。

さらに、この「ラーフ」という単語は釈尊より古い時代の文献(リグ・ブエーダー)には、悪魔(アスラ)の名として全く見当たらないのであります。

以上のことから、ラーフは竜の“頭“という意味であり、ラーフラーは「竜の頭になる者」という意味になります。

それゆえに、釈尊の父であるスッドーダナ大王は「ラーフラー」という孫の名を喜び、祝福したのであります。もし、これがほんとに「悪魔」という意味の名前であったら、おじいさん大王は烈火のごとく怒り狂い、釈尊を勘当したと思います。

しかし、それにしても、キリスト教、仏教、マホメット教等、教祖の真の教えが異質化され、如何に原形を留めていないか、その一面をのぞいた様な気が致します。

われわれが一つの宇宙、一つの時空の中で生かされているということは、人間は全て兄弟姉妹、共通の根源の親を共有する存在であり、互いに助け合って進化発展せよ! ということであります。国籍や宗教、人種の違いなど、そういうもので殺しあってはならないのです。

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5月21日金曜日 永遠の童貞と処女

BC5世紀からBC4世紀ごろ、ガンジス川の南にマガダ国がありました。首都はラージャガハと呼ばれ、周囲を山々に囲まれた風光明媚なところであった。その近くにナーランダという都があり、その近郊にマハーサッダという村がありました。

その村に大金持ちのバラモン家がありまして、そこに玉のような男の子が生まれたのであります。名前はピッパリ、彼は大事に育てられ心身ともに健やかにご成長遊ばされた。そしてバラモンの教理を極め、世俗の快楽に拒絶反応を起こしまして、出家することを本気で考えるようになった。

吃驚したのがご両親であります。出家するということは永遠の童貞を意味する。ということはお世継ぎが止まり、家は断絶、ご先祖様からの遺伝子が途絶えることになる。それは絶対に許されないことであった。ご両親は入れ替わり立ち替わりピッパリを説得した。

「一刻も早く嫁をもらい、童貞を失え。ご先祖様から受け継いだせっかくの名刀を、錆びさせてはならない」

それをピッパリはツッパリ続けたのであります。しかし、その執拗さに閉口し、一計を案じた。・・・その一計とは、お隣の名工匠・パパラッチに頼んで黄金に輝く美人像をつくらせ、これに似た女性なら結婚し、童貞を失ってもかまわない、という条件を出したのであります。・・・なお、パパラッチという名は大いに信用性にかけますので論文などの資料にはしないで下さい。

ピッパリはこれで安心と思った。・・・ところが、何と、その美人黄金像そっくりの女性がお隣の国、マッダのカラビカ村におったのであります。その名はバッター・カピラーニー、彼女も同じく良家のお嬢様で熱心なバラモンであった。そして、彼女も同じく出家を望み、男女の交わりを忌み嫌っていたのであります。

二人は意気投合、縁談はなんの障害もなく進んで目出度く整い、結納の儀式となって結婚式となったのであります。

ところがこの男と女、仲睦まじき夫婦だったのですが、清い身体のままであった。つまり変なことすることは神なるもの、真理なるものに逆らい、己の魂を汚すものである、と思い込んでいたのであります。

そして、ご両親が亡くなられますと、二人は出家することになった。二人は途中まで同じ道を並んで歩いた。そして、分かれ道に差し掛かったとき、永遠の処女は右へ、永遠の童貞は左へと別れていったのであります。二人一緒では修行の妨げになる、と考えたからです。

ピッパリはナーランダからラージャガハに向かう途中で、ニグローダ樹の下に座っていた釈尊との出会いを果たします。それから釈尊の一番弟子となり、名を「マハーカッサパ」と改めたのでございます。

彼の仏教徒しての働き、功績は次回、気の向いたときに書かせていただきます。

・・・いずれにせよ、このお二人、変な男と女でございます。いろいろと思うのですが、真理とは何かという事、それは人間をここまで進化させてきた天地大自然の働き、奇跡を無視しては決してみることは出来ない、と思います。 

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5月20日木曜日 映画・パッションを観て

「THE PASSION OF THE CHRIST」 を観てまいりました。 ・・・肉体の極限の拷問、苦痛に耐え抜くイエス・キリスト、・・・全身の皮膚は引き裂かれ、肉が裂け、肋骨がとび出し、鮮血が飛び散る・・・。瀕死のイエスに対し、ローマ兵の鞭に情け容赦は微塵もない。彼らは虐待の快感に痺れ、イエスの返り血に染まりながら笑い狂い、鉄鉤が無数についた鞭をイエスの身体に叩きつける。

殴り倒し、蹴り倒し、唾を吐きかけ、鞭の連打、・・・なぜ、そこまで人間は獣にならねばならないのか? 

私はあまりの苦しみに途中から抜け出したくなった。・・・ほんとに、こういうことが実際に一世紀にあったのか・・・? 人間って、これでは悪魔以上の恐ろしい存在ではないか・・・? たとえ相手が極悪人であったとしても、ここまで残虐な仕打ちが出来るのか?

私は耐えて、耐えて最後まで観た。・・・そして帰りながら涙が出て止まらない。幸い大雨で、傘を差していたので、それをすれ違う人々に気づかれることはなかった。

瀕死の状態においてイエスは叫んだ。「父よ、彼らを許してください。彼らは何も分かっていないのです」

・・・「汝の敵を愛せ!」 この言葉がいつまでも耳から離れず、映画館から家にたどり着くまで涙が止まらなかったのでございます。

他人様の悪意、虐待、虐め、など、そういう諸悪に対し、仕返しをする、恨み、憎しみを抱く、・・・それが如何に愚かなことか、思い知らされました。哀れみを持って、寛大に相手を許す心、・・・それが果たして未来人類に出来るかどうか・・・?

全てがそこにかかっていると思うのですが、・・・しかし、そういう偉大なイエス様を企業化する組織があるということ、その根底に真の悪魔が潜んでいるのかもしれません・・・?

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5月19日水曜日 現場の5宝

今日は雨で作業中止でございます。台風2号の接近で、おそらく明日も雨、そして、2連休となることは確実でございます。

学生の頃の休みは無条件に嬉しかった。教室という牢獄において、授業という拷問から解放されるからであった。しかし、第2の青春期に入りますと仕事は拷問ではなくなり、アルゼンチンタンゴを踊るようなものとなる。したがって休みは苦痛となるのでございます。

今の私は鼻の、・・・いや、花の思春期、気力充実、やる気満々、五臓六腑完璧健全、体力爆発、眉目秀麗超ハンサム、その他いろいろとなっておりますので、夜も寝ないで昼寝して仕事をいたしましても、それは最高に楽しいのであります。

・・・五臓六腑?一体それは何でありましょうか? 昼も寝ないで夜寝して調べた結果、次のような事がいろいろと分かりました。

五臓六腑
1 心臓、肝臓、脾臓、肺臓、腎臓 
2 大腸、小腸、胆、胃、三焦、膀胱

ついでに5体満足の5体
1 筋、脈、肉、骨、毛皮
2 頭、左手、右手、左足、右足 
3 頭、頸、胸、手、足

またまたついでに5宝
金、銀、真珠、珊瑚、琥珀

その5宝のことでございますが、サファイヤとかルビー、水晶、エメラルド、アメジスト などの石、つまり、宝石なるものがその中に入っていないのか不思議でございます。金属と古代の松脂と貝の産物、そして珊瑚の死骸、だけですね? それがなぜ5宝なのか、・・・きっと何かの誤報だと思います。

ところで話は変わりますが、今の現場は三鷹市の中原という所であります。そして、そこが工事の自由を束縛されております。その原因が5宝なのであります。どういうことかと申しますと、遺跡発掘調査団がやって参りまして、あっちこっちと穿り回して工事をストップさせているのであります。

土の柔らかいところを慎重に取り除き、固いところを露出させていく。刷毛で掃いたり、スプーンでほじくったり、ピンセットで何かを摘み出したり、とにかく気が遠くなるような作業を根気よくやっております。

「石器時代の住居跡ですか?」

と尋ねますと、「いえ、そんなものではないんです。江戸時代初期の頃の住居跡です。言い伝えで、それが分かっておるものですから調べております」 というご返事でありました。

「では、大判小判が出たり、3億円が出たりしますね?」

「そんなものは出ませんよ、ここの主だった人は何代にもわたって、大金持ちでしたけど、ケチでがめつくて欲深でずる賢い人たちでしたから、そんなへまな真似はしなかったと思います・・・」

日焼けした刷毛持つ男が笑いながら答えてくれた。金銀財宝以上の宝、それが昔の人たちの住居跡、ということになりますか・・・?

 過去の事実、情報という宝を正確に後世に中継していく、それが現代人の使命、任務と言えます。しかし、それは絶対に誤報であってはならないのであります。

・・・外は雨、これから何をすべきか? やはり、池袋へ行って映画でも見ることに致します。 

・・・「パッション」 久しぶりのいい映画のようです。では、みなさん、今宵また! 

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5月10日月曜日 幻想的な雨  

朝、目覚めますと雨でございます。これでは現場は泥んこで仕事にならない。それにブロック積みともなれば、モルタルが雨に溶かされて仕事になりません。 ・・・悩むこと数分、ここで突然、迷句が浮かんだ。

「イエス様 この雨ワインに 変えてくれ」

ん? 我ながらあっぱれなメイサクでございます。おそらくキリスト様も笑顔で「イエース」とご返事なされたと思います。

馬鹿らしい話はこれぐらいに致しまして、現実を深刻に悩んでおりますと、携帯がアベ・マリアの曲を奏でた。発信元は社長であります。

「今日は雨で作業中止。明日に備えて、ヘソでも掻いて寝ておれ!」

という上品でない発言であります。もし、国会でこのような発言をする議員がいたと致しますと、年金未納問題はあっという間に忘れられて、日本列島臍掻き激震騒動となるかもしれませんね?

それで、きょうは何もすることがありませんので、こうして下らない日記を書いておるのでございます。

窓の外は雨、雨が神秘的で幻想的な穏やかさを波紋のように広げております。それが子供の頃の、母との別れを思い出させた。

港は雨に煙っていた。3年ぶりに帰ってきた母、数日後、その母が再び去っていく。連絡船までは嬉々としていた私であったが、いざ、タラップを母が上ろうとした時、急に言葉が出なくなった。同時に苦しみと共に涙が出てくる。それは私にとって恥ずかしいことであった。懸命に涙をこらえようとするが止めることが出来ない。

「それでも男か!」という戦死した父の声がした。しかし、涙は止めどもなく出て来る。じっと俯いている私に、母が涙声で言った。

「必ず迎えに来るから、心配しないで、待っているのですよ・・・」

私はうなずくことも出来なかった。足元に落ちていく涙のしずくと雨しずく、その見分けすらつかなかった。

その母も88歳となった。・・・きょうの沖縄は東京と同じ雨、・・・その雨を今、母はどのような思いで眺めているのだろうか・・・? 母の苦労、辛さに比べれば、私の辛さなど物の数ではない。

母様へ! お母さん、いつまでも健やかで、長生きしてください、 親不孝な息子より・・・。

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5月9日 日曜日 雨 超激辛弁当

朝、事務所へ行きますと大きな声がした。

「おっはよー、ございまーす・・・」

そして、男がいきなり私に抱きついてきた。若い女性から抱きつかれるのは大歓迎ですが、男から抱きつかれるのは気持ち悪い。しかし、よく見ると、何とその男は前の会社の相棒、「金ちゃん」であった。

彼は、私が去って以来、孤独の毎日であった。そして、一大決心をし、会社を辞めて私の後を追って来た、というわけであります。彼の人柄を良く知っている社長はもちろん入社OK、再びコンビが復活したのであります。

金ちゃんは20代に中国から韓国に渡り、そこで15年余りいろいろな仕事に従事し、それから5年前に日本へやってきた経歴の持ち主であります。

「アンネン・ハシミカ」(韓国語で“おはよう”)

そう応えた後、私は60キロの彼を両腕で差し上げて放り上げ、空中で3回転させたあと着床させた。そしてお互いの両手をパンパンと3回叩きあってヨヨイノヨイ、で再会の儀式は目出度く完了した。

現場は足立区の西新井というところであります。大きな靴工場を解体して整地した跡地に、40戸の住宅が建つ。そのための宅地造成工事であります。そこで、境界線沿いにブロックを並べる仕事に二人は従事した。

気温は下がる、という天気予報は外れて、灼熱の太陽がぎらぎら輝いた。それでも金ちゃんは元気いっぱい、額に汗をきらめかし、終始、笑顔で働いた。

そして、昼食の時間。木陰にすわり弁当を広げた。金ちゃんはキムチ愛妻弁当であります。・・・私のものは日の丸、古畳弁当となりますか・・・?

彼はそのキムチを箸で挟んで私の弁当箱に入れた。

「コマスミダ・・・」(ありがとう)

そうお礼を申し上げて、私はご飯と共にそのキムチを口に入れた。 途端に “ガガーン“ 何かが爆発し、頭髪が直立不動、目から火花が飛び散った。凄まじい激辛であった。まるで核爆弾が爆発したような感じであります。ぎゃー、私は絶叫し飛び上がった。

金ちゃんは、口いっぱいにキムチを入れたまま、きょとんとしていた。なぜ、私が顔を真っ赤にし、額から滝のように汗を流し、目を白黒させているのか分からないのであります。

辛いものとか漬物はあまり食べない私にとって、本場の激辛キムチは超強烈であります。水とお茶をかぶ飲みし、そのパニックから離脱するまでにはかなりの時間がかかった。

しかし、午後からの仕事はなぜか快調でありました。身体の動きは絶好調、頭脳明晰、視力回復、髪の毛ふさふさ、・・・激辛キムチの凄まじい威力、パワーであった。

身体がだるい時、激辛キムチが最高にいいかもしれません。みなさん、試してみては如何でしょうか? ・・・ただし、その結果が重大な事態を招いたとしても、当方は一切の責任を負いかねますので、その時は運が悪かったと思って、悟りを開いてください。

きょうは無責任な日記でごめんなさい。では、また次の日曜日まで、みなさまお元気で!

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5月4日火曜日 バー様とメガネ

50も半ば近くになったばーさんは目が悪い。子供の頃から近眼で、最近はそれに老眼と卵子、・・・間違い、乱視が加わった。卵子はとっくの昔に消滅したようです。

しかし、それ以外は老化も退化もしておらず全てパワーアップ、ジャングルのような黒髪には白髪は数本しか見当たらない。

特にパワーアップしたのがガミガミと尻圧、そして、亭主ビーターのアッパーカットと、空中5回転回し蹴りの短足パワーであります。

20年間鍛え抜かれた私のツルスコ舞など、そのひと睨みでバラバラに吹き飛ばされてしまう。恐るべし、バーさまパワー、私の未来は絶望と瓦礫の荒野であります。

そんな彼女に、前々から恐る恐る申し上げていた。

「メガネを新しく取り替えた方がいい。 いまのメガネがいかに高級品であろうと、20年も経てば合わなくなる・・・」

しかし、バー様は頑固一徹、頑なにそのメガネを愛用し続けていたのであります。だが、老眼と卵子、いや、乱視はひどくなる一方で、愛用のメガネは全く役に立たず、最近、階段で転んでしまった。

そんな時、メガネ大安売りのチラシが新聞に折り込まれてやってきた。「安い」と聞けば宇宙の果てまでもひと飛びのばーさんであります。4万円相当のメガネがたったの9,800円、目をらんらんと輝かせたばーさん、私を急き立てて、池袋のメトロポリタンビルへひと飛びとなったのであります。

高級品で安いとなれば、やはり人が集まる。大勢の人々を押し分けてばーさんは店内に入り、まずフレーム選びから始めた。しかし、気に入ったのがない。

「あーた、どれがいいと思う?」

質問に私は2つを指差した。その二つを取って受付へ駆けて行き、いろいろと書き込みをしたあと目の検査となった。

メガネは日常用と近くを見るための二つを注文したのだ。出来るまでには1時間かかるということでしたので、その間を利用して、地下街のフランス料理店の食べ放題で昼食を取ることにした。

一人1500円、高級ワインも飲み放題でありましたので、大きなグラスに並々と注いで5回ほどおかわりを致しました。滅多にアルコールを飲まないバー様も、グラスの半分ほど飲んで真っ赤っかとなった。大きな安物買いをしたのが最高に嬉しいのであった。

そして、メガネ完成・・・。バー様はそれを緊張しながらかけた。そして、周囲を見渡して歓声を上げた。

「すごいー、はっきり見える。今までの世界がまるでウソのようーだ・・・」

そして、私を見てぎくっとなって沈黙した。どうしたのだろうか? 私はビックリして尋ねた。

「どうしたのだ。おれの顔に何かついているのか?」

ばーさんはしばらくして我に返り、さらに顔を赤くした。

「・・・あんたって、すっごくハンサムだったのですね・・・? こんないい男、見たことない・・・, どうしようー、わたし・・・」

へー? 私は理解に苦しんだ。・・・そういえば、私とすれ違うご婦人方は、子供であろうが老婆であろうが、ほとんどが茫然自失、中には空ろな眼となって失神するかたもおられる。

それは、いま、ばーさんが言ったことが真実である、とのことであろうか? 私の悩みはさらに深くなった。

私は、女を不幸にする男、ああ、アーメン、ソーメン、ラーメン、神よ、罪深き私を許したまえ・・・! 

以上、馬鹿馬鹿しい日記でございました。

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5月3日月曜日 ああ、迷文 

皆様こんにちは! 今日は5月3日、GWの5日目であります。残すところあと2日ですね? 中にはずっとGWの方もいらっしゃいますが、これはGL、つまり、「Golden Life」 と言った方がいいかもしれません。私の場合は「Golden immortality with eternal youth 」 となります・・・? 直訳いたしますと「黄金の不老不死」と、なります・・・?

分けが分かりませんが、とにかくこんな事はどうでもいいことでありまして、・・・つまり、私が申し上げたいのは、休みである、ということは大変な重労働であり、これが一年以上も続くと、過労死の原因になるということを、声を大にして絶叫したいのであります。

それに、暇ですからビールを飲んでしまう。お隣さんのハゲ連中と将棋をやっても弱すぎて面白くない。しかたがないので小説でも書こうとしたのですが、酔いが回って支離滅裂、分けの分からない文章が出てくる。

分けの分からない文章・・・? そういえばいろいろな迷文を私は収集しております。そのいくつかをご紹介いたします。

これは20年前、琉球新報小説新人賞にある男が応募した小説の一節です。

「剛直は全裸で岩の上に立った。大海の彼方に太陽が沈む。そして、まだ一度も使ったことのない一物が微風に そよっと 揺れた・・・」

・・・ん? 男の一物は、微風に そよっと 揺れるような軽いものではないと思うのですが、・・・しかし、それにしても迷文であります。

「犬飼うな、団地の掲示板、迷い犬、探し紙」

これは3年前、駅の掲示板に張られていたものです。

「90じじい、役立たずして登ったり下りたり、あとは深夜までカラオケばかり」

これはある新聞の投稿欄に載っておりました。

「侵略とはよその国の男を皆殺しにして、そこの女のすべてを強姦することである」

これは日本の有名な政治家がテレビ会見で言った言葉であります。

・・・ん?今日の私はまともではありません。まことに遺憾ながら、今日の日記を終わらせていただきます。では皆さん、また、明日!

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5月2日 日曜日 沖縄遊撃隊


昭和20年4月時点において、沖縄守備軍第32軍の編成は以下の通りであった。

第32軍司令部
司令官・牛島満中将
参謀長・長勇中将
高級参謀・八原博通大佐


独立混成第44旅団→旅団長・鈴木繁二少将
第5砲兵司令部  →司令官・和田孝助中将
海軍陸戦隊    →太田実海軍少将
その他
(以上は第32軍司令部直轄軍)

第24師団    →師団長・雨宮撰中将 
第62師団    →師団長・藤岡武雄中将
第28師団     → 師団長・納見敏郎中将(宮古、八重山に配備)  

陸軍=87,640人、海軍=約10,000人、防衛隊=約20,000人、総計約116,400人が日本軍側の兵員数であった。それに対して米軍側は、当時の沖縄人口を越える548,000人を送り込んだのであります。 

結果は、日本軍側の戦死者は94,136人、米軍は12,520人となった。ここで言う日本軍側の戦死者というのは一般住民の非戦闘員は含まれておりません。それは約150,000人となり、沖縄戦における総戦死者は244,136人となっております。

しかし、沖縄戦においてはこの正規軍の他に、大本営直属の遊撃隊が密かに送られていたのであります。彼らは第32軍とは目的が根底から違っていた。「沖縄は本土決戦の捨石」という観点からすれば、正規軍が壊滅した後の敵に関する情報収集は重要となる。

その情報収集と、正規軍敗退後のゲリラ戦、敵後方撹乱のために彼らは送られたのであります。したがって、玉砕戦法は許されず、したたかに生き残って敵を混乱に陥れ、貴重な情報を大本営へ送るのが彼らの任務であった。

大本営による遊撃隊は第4遊撃隊まで作られている。第1遊撃隊は昭和17年ニューギニアで、第2遊撃隊はフイリッピンで編成されております。小野田少尉が所属していたのがこの第2遊撃隊であります。

第3と第4遊撃隊は沖縄戦のために編成された、ということになります。彼らは陸軍中野学校卒業のエキスパート揃いで、兵員構成は在郷軍人や、鉄血勤皇隊でありました。第3遊撃隊は村上治夫大尉を隊長として、約500名からなり、名護、羽地方面の米軍を混乱させた。

第4遊撃隊は岩波壽大尉が隊長で393人、恩納、金武、宜野座方面へのゲリラ戦を展開させた。彼らは機関銃や小銃、擲弾筒(てきだんとう)の他に爆薬を携帯し、道路や橋など、敵の重要地点を爆破したりもした。

このような残地諜報部隊は、その任務を隠すために「護郷隊」と呼ばれていた。この忍者顔負けの神出鬼没の攻撃に、米軍は神経を苛立たせ、避難収容所の一般住民はさらに不安感を募らせる毎日となった。

この二つの遊撃隊が完全に消滅したのは、戦争終結からかなり経ってからで、第4遊撃隊が10月2日、第3遊撃隊が翌年の昭和21年1月3日であった。

当時4歳だった私は母に手を引かれジャングルの中を歩いていた。母が「戦争が終わった・・・」とつぶやいた時、わけの分からない熱いものが、全身を強くかけめぐったのを、今でもはっきりと憶えている。

ところで、戦争が終わって、子供たち同士、山で椎の実を拾っていたとき、突然、恐い顔の兵隊が現れた。全身血まみれで、腕の傷口が大きくめくれていた。

「ばか者ども、静かにしろ! 敵に気付かれたらどうするか!」

彼はそう怒鳴った後、再びジャングルの奥深くへ消えていった。今、考えると彼はこの遊撃隊の一人であったと思われます。

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4月30日 現場完成

4月12日に入社いたしました。同時に3日かかる仕事を「一日で終わらせよ!」との要請で、それを半日で終了。

 ・・・そして、立川市一番町の宅地造成工事、それが2週間の工期しかない、との発言であります。

10戸立ての宅地造成工事ですが、・・・10戸立ても50戸建ても現場サイトでは同じことなのでございます。 ・・・私はただの応援なので関係ございませんが、しかし、会社の黒字と赤字に関わることでありますから、黙っておるわけには参りません。

・・・だが、どう計算しても最低1ヶ月はかかる仕事でございます。この現場に入ったのが4月の13日、 ・・・そして、4月27日までに終わらせないといけないのであります。ただの助っ人の私、偉そうなことが言えない立場でございます。

工程表を見せてもらいますと、何だコリャー、と吃驚致しました。ガスと水道の業者に頼むには2週間以上の余裕が必要なのだ。

それが何も契約していない。それに、残土が大型ダンプの10台は出る。それをいつやるのか? その他いろいろ、デタラメもいい加減でございます。

私はただの助っ人、大きなことは言えません。しかし、このままでは2ヶ月以上はかかる。

そこで、昔、会社を倒産させて営業部にいる大物X氏に報告、直ちにガス、水道業者の予約を取り、大型ダンプの業者を確保した方がいい! さもないと、立川市から入札資格を取り消されるぞ!

彼は大慌てで無理を押し通して見事にそれを成し遂げた。さすが大物であります。そして仕事は順調に進んだ。

 ・・・だが、26日の下検査において、なんと、間違った図面で工事していたことが判明したのであります。

3メートルも掘り下げて設置した浸透桝、その製品が違うというのであります。直径900の浸透直壁、それはA工場指定となっている。それ以外の会社工場では立川市は認めないのでございます。

そのA工場には、いま、それがない。作るとすれば10日はかかる。 ・・・間に合わない。どうするか? 大物は絶望の色を濃くした。・・・そこで言ってやった。

「これは独禁法違反ですな? 製品購入は任意であるはずだ。規格に当てはまれば何処からでも購入していいはずだ。それを、規格を無視して特定の業者のみに限定するということは法律違反、刑務所行きですな・・・?」

大物は目を輝かせた。そして、下水道課に喰らいついた。

「独禁法違反だー・・・」

 役所大慌て、「いや、そういう次元ではない・・・」と、うろたえ慌てたのでございます。

結局、別の会社工場の製品でOKとなりまして、徹夜の工事は見事に完了いたしました。

そして、本日、無事、この工事は完了いたしました。明日から,GWでございます。・・・ああ、疲れました。これから月旅行でも行ってきます。

みなさま、素晴らしいGWを!

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4月27日(火) 完成された顔

日曜日の昼下がり、道端の木陰に車を止めて、ばーさんを待っておりました。八百屋の安売りで、多勢のおば様達と争って買い物をしているのであります。それは壮絶な戦闘シーンでもありました。安物に対する女の執念、おっそろしいですね?

私はのんびりと居眠りをしておりました。しばらくして、強烈な悪臭が漂ってまいりましたので、目を開けますと、むかい側の道端を悟りを開いた人物が、棒切れを杖代わりにしてノロノロト歩いていた。

衣服はぼろぼろで、痩せて色黒く、日に晒された頭髪は、カタクリ粉で固めたように、尖った造形をいろいろと作っていた。

よく見ると、杖代わりの棒切れは擦り切れたモップであった。何処かのゴミ置き場にあったものを借用したものと思えた。・・・しかし、その顔を見て私は驚いた。何と、見事に完成された顔であったからです。

生への執着心が完全に消え、煩悩らしきものがない。彼を支配しているのはネハンの祝福だけであろう・・・。それがたとえ「人生の敗北者」の延長であっても、終着駅は同じであるはずだ。

私は車を降りて彼に近づき、1000円札を差し出した。

「これ落ちておりました。あなたのものでしょう?」

彼はしばらく私を見つめた後、頭を下げて受け取った。

「ありがとう・・・」

彼はモップの杖を突いて、のろのろと移動していった。

そのあと、戻ったばーさんが怒鳴った。「私は5円、10円を儲けるためにここまできたのよー、1000円をドブに捨てるとは何事か、この愚か者!」

ばーさんは全てを見ていたのだ・・・! おっそろしい形相、それは未完成の顔でありました。

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4月25日(日)朝の雑念

目が覚めますと、日曜日の朝だった。・・・カーテンを開きますと光が入ってきた。続いて、朝の冷気が勢いよく流れ込む。ベランダから花園を見下ろしますとエニシダがツツジと競うかのように咲いております。

豪華絢爛、見事な花々でございます。これを自然の芸術、生きた芸術、というのでしょうね? ピカソに言わせますと「芸術はデタラメと偶然によって生まれる」ということらしい。

・・・なるほど、と思います。4年前に、工事現場で偶然に拾った小枝をデタラメに植えた結果、このような素晴らしい作品となったのですから・・・。

彼は「優れた芸術家は模倣するが、偉大な芸術家は盗む」とも言っておられる。しかし、自然という偉大な芸術家には当てはまらないですね?

 模倣するものも、盗むものも何もないところから、デタラメと偶然を生み出した自然、宇宙、・・・根源の芸術家、という表現が妥当かと思います。

「芸術に進歩はない。単に変貌するだけだ。絵画とは私にとって破壊の集積である」とも彼は言われた。・・・なるほど、宇宙もエネルギーがただ物質に変貌しただけですね? 

しかし、その結果が変化自在の進歩そのものではないでしょうか? 宇宙は、気の遠くなるような長い破壊の集積によって、知性体という超高度な作品を完成させた。そしてその作品は絵画と違って生きて進化する。

・・・ピカソ、彼は偉大であるが故に自分の名前を完全に覚えることが出来なかった。彼の完全な名前は以下の通りであります。

「パブロ・ディエゴ・ホセ・フランチスコ・ド・ポール・ジャン・ネボムチェーノ・クリスバン・ クリスピアノ・ド・ラ・ンチシュ・トリニダット・ルイス・イ・ピカソ」

信じられますか? これほんとのことであります。ちなみに日本の最長名前は

「寿限無、寿限無、五劫のすりきれ海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助」

しかし、これは落語界のフィックションでありまして、実在する人物の世界最長名前は、英国の洗濯屋アァサア.ペツ.ハァといふ男の一人娘の名前

「Anna Bertha Cecilia Diana Emily Fanny GerTrude Hypatia Inez Jane Kate Louisa Mauda Nora Ophelia Quince Rebecca Sarah Teresa Ulysses Venus Winifred Xenophn Zeus」

であります。頭がおかしくなりましたのでこのへんでワインを飲みます。アルチュウではありません。

・・・ワインといえばドイツのプファルツ地方にあるシュバイヤー・ワイン博物館に1900年前のものが保存されているそうです。おそらく神秘的な味がするでしょうね?

では、また来週の日曜日にお目にかかりましょう。みなさん御身大切にし、元気でいてください!

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4月21日(水) ああ、伊江島

伊江島は沖縄本部半島の北西、約9キロメートルのところに位置し、東西8.4キロ、南北3キロ、周囲は22.4キロの島であります。島中央の東寄りに標高172メートルの城山があって、沖縄方言で「イイジマ・タッチュウ」と呼ばれております。古生代チャート(堆積岩)で出来ております。

平均気温は24.2度、気候は温暖で、砂糖キビ、葉タバコ、乳用牛、果樹、落花生、などの産業が盛んでございます。・・・空と海が真っ青で美しく、のどかで平和な島です。

・・しかし、いまから59年前の3月から4月にかけて、この島は銃砲弾の暴風が吹き荒れ、紅蓮の炎が逆巻き、空は裂け、地は割れて砕け散り、人間がばらばらに吹き飛ばされる修羅場と化していたのです。

・・・昭和20年4月21日17時

「小隊長、生き残っているのは我々だけのようです。味方の砲撃が全て沈黙いたしました・・・」

「いま、この洞窟にいるのは何名か?」

「女子救護班3名、女子協力隊一名、そして彼女が背負っている赤ちゃん、一人であります。 ・・・負傷兵15名は、全員死亡」

平二郎は飛び出た小腸を中に押し込んでサラシで固く巻きつけ、折れた左足を捻って元に戻し、板をあて木にして麻縄でしっかりと結わえ付けた。

「知念上等兵、きさまに命令する。お前は泳ぎの名人だ。この会計隊の重要書類を死守し、泳いで本島にたどり着き、国頭支隊長、宇土大佐に届けるのだ、わかったか!」

知念上等兵は敬礼してその命令を復唱した。平二郎はそれから3名の女子救護隊と、女子協力隊、・・・つまり、一般主婦とその乳飲み子に向かって言った。

「この洞窟の行き止まりにさらに抜け穴があって海へ続いている。岩でふさがれているから敵には絶対に発見されない。きさまらはそこへ隠れておれ。最後の最後まで生きているのだ。死ぬのは男だけでいい、分かったかー」

平二郎はそう叫んだあと、軍刀を抜いて振りかざし、轟音炸裂する洞窟の外へ飛び出して行った。同時に洞窟に砲弾が集中し、天井に穴が開いた。しかし、空はなく、煙と敵機影、銃砲弾の錯綜だけが地獄絵巻のようにひろがっていた。

「私達も、至誠殉国の精神を持って大元帥陛下のみもとへはせ参じる、小隊長殿の後に続けー」

髪を切り落とした軍服姿の女達は、急造爆雷を背負い飛び出していった。赤子を背負った若い母親も竹槍を持ってその後に続いた。

戦死者4706人、その中の約1500人は島民の協力隊であった。なお、伊江島での米軍の死者は172人、負傷者902人、行方不明46人となっている。有名な従軍記者、アーニ?パイルもその時、伊江島で戦死しております。

毎年4月21日、伊江島の芳魂之塔において慰霊祭が行われる。私の父、平二郎もそこに祭られております。つまり、きょうが私の父の命日となります。

父が最後に言い残した言葉、「死ぬのは男だけでいい・・・」 それは、母と私達子供3人(姉が二人)に対する、「絶対に死んでくれるな!」という叫びのように思えてなりません。

・・・となると、絶対に不老不死とならねばなりませんね? 皆さん、ともにチャレンジしてみませんか?

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4月17日(土) 生きていて良かった

朝、現場へ行きますと、人相がいいとはいえない男たちが汗を流していた。そのグループの責任者、若い監督に「社長の言いつけで応援に来ましたので、何か手伝わせてください・・・」と申し上げると、「ご自由にどうぞ・・・」とそっけない返事であった。

それで、穴を掘って、汚水桝の設置工事をしている3人の男の側へ行き、「よろしくお願いします」と頭を下げながら申し上げますと、疑い深げな目を向けるだけで相手にしてくれなかった。私はスコップを持ったまま突っ立っていた。

しばらくして、若い監督が、「現場のゴミ掃除でもしてくれ、・・・それと、あそこに犬のクソがまき散らされている。それも綺麗に片付けてくれ」 

「へへーい、わっかりました!」

私は一輪車を押して回り、ゴミ掃除に励んだ。空き缶や、木材のきれっぱし、紙くず、ダンボール紙、・・・そして、犬のクソ、一時間ほどで現場はすっきりさわやかとなった。すると人相のいいとはいえない男の一人が怒鳴った。

「おい、この上に乗せる側魁(そっかい)をもってきてくれ」

私はさっそく、20メートルほど離れたところからそれを抱えて運び、男の側に置いた。男はビックリして私を見つめた。重さが100キロ近くあって、彼らは二人がかりで運ぶからであった。

「すっげー力だな・・・」

「・・・こういう力を何というか、知っていますか?」

「エへへへへー、お前が言おうとしているのは分かる。馬鹿力、と言いてーんだろー、え〜?」

「いえ・・・、さっき犬の糞を片付けましたので、くそ力、といいます」

男は苦笑いした。それから「手元に使ってやる」 ・・・ということで彼の側に付いている事となった。

モルタルを作ってこい、目地コテ、ハンマー、額縁、水平器、etc、を持って来い、と人使いが極めて荒い男であります。そして、10時休憩の時、タバコをふかしながら言った。

「おれは60になってだいぶ弱ってしまったが、お前と同じ年頃には疲れ知らずだった。何しろ、昼夜昼夜、ぶっとうし働いて、それから女に会いに行ったりしたからな???。ところでおまえはいくつだ? 40は過ぎたか? 40代なんってまだ青二才だぜ???、がはははははー」

そのあと彼は、唾液を気管支に詰まらせたらしく激しく咳き込んだ。私は彼の背中をさすりながら答えた。

「私は15年生、63歳ですよ。 つまり、・・・40年前の青年、50年後の骸骨ミイラです・・・」

男の身体が硬直した。そして振り向いてまじまじと私を見つめた。

「ウソだろうー、そんなはずはない。・・・冗談言うなこの野郎―、年寄りをからかうんじゃない」

そこで免許証を見せると彼はようやく納得した。それから男達の態度が急変した。そして、与えれる仕事もだんだんと重要な仕事へと変えられていった。型枠工、ブロック設置工、配管工、与えられた仕事をてきぱきと片付けるたびに、男達の目つきが変わっていく。

そして、夕方、社長がやってきた。男たちは一斉に社長に頭を下げてお世辞を言い合う。ボスに尻尾を振ってじゃれ回る狼のような感じであった。それから社長が私に近づいてきて頭を下げた。

「広大さん、お疲れ様でした。あなたの現場が出るまでは、しばらく下請けの応援を頼みます」

男たちは目を丸くして改めて私を見つめた。

「この方は?」

若い下請けの監督が社長に尋ねた。

「会社の直営班の親方だ。今後、直営の仕事は一切、広大さんが指揮を取ることになったので、皆さんよろしく頼みます・・・」

帰り際、若い監督は頭を下げていった。

「大変失礼致しました。何も知らなかったものですから・・・」

そして、60歳の男も近づいてきて言った。

「先輩、あなたのような人は初めてだ。生きていてほんとに良かった、と今は思える。これからずっとよろしく!」

そこで答えてやった。

「私もあなたに会えて、生きていて良かったと思います。お互い、我々がこの世に生まれた根源をたどり、お父さんとお母さんのあの夜のあれに感謝しましょう!」

男たちは全員、腹を抱えて笑った。

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4月15日 真実を守りましょう

昔、宗教界では天動説が絶対的な真理であった。地球を中心に天体が動き、全てが天幕に張り付いている、と信じていたのであります。つまり、何が真実か、というよりも、自分が信じているものがたとへ間違いであっても、いかにして真実らしく見えるようにするか、が重要課題であったわけであります。そこから「黒は黒でないから黒である」というようなわけの分からない哲学が生まれたりするのであります。

最初に地動説を唱えたのはコペルニクス(1473〜1543)であります。しかし、彼はキリスト狂の、いや、間違い、キリスト教の熱心な信仰者であったために、70歳で死ぬ寸前までこの説を発表しなかったのであります。

しかし、100年後、ガリレオが出てまいりましてその説を支持、地動説を高唱した。怒ったのがキリスト教会であった。しかも望遠鏡で太陽を観測し、太陽に黒点があることを発見して発表したため、神を冒涜した、という理由で逮捕し、宗教裁判にかけたのであります。

そして、地動説の撤回を求められ、彼はそれを認めた。偉大な物理学者といえども、老齢と眼病には勝てなかったのであります。そして、被告席から下りるとき彼はつぶやいた。

「Yet it does move.」

彼は有罪となり、死ぬまで軟禁されたのであります。己の絶対性のみを頑固に主張するということ、これは危険すぎますね? やはり我々はいつでも謙虚に、何が真実で何がにせものか、を見極め、清く正しく美しく、愛と思いやりを持って進化していくべきだと思います。

天台宗の僧、円通(1758〜1834)による須弥山義
(天動説を絶対的なものにするためにつくられたもの) 

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4月11日(日) 古代インドの宇宙観

古代インドの宇宙観によりますと、この世は虚空が無限に、混沌と広がっておるだけでありまして、その中に風輪という巨大な円盤が浮かんでおるそうであります。

その風輪の上に水輪がありまして、その上にさらに金輪が乗っておるのであります。その一角に我々生き物が住んでいる、というわけです。直径は水輪と同じで842万4150キロ(太陽までの距離の約6倍)、高さは22万4000キロとなっております。この水輪と金輪の間に金輪際という境目があります。

この金輪の上に九つの山と、八つの海があって、その海に四つの島が浮かんでおります。我々の世界は、南にある贍部州(せんぶしゅう)という島でありまして、三角形に近い台形であります。上辺が1万4千キロ、下辺が24?5キロ、2本の斜辺がそれぞれ1万4千キロとなっている。 ・・・地球と大体同じ大きさですね?

この贍部州の下に八熱地獄がおっそろしい層となって続いております。この八熱地獄については日を改めでご紹介いたします。

そして原始仏教は、この古代インドの宇宙観に改良を加えております。それによりますと、我々の世界は須弥山という超高山を中心にして構成され、太陽と月がその周りを回っている。・・・つまり天動説であります。高さは132万キロで、太陽系ほどの広がりを持つ3枚の円盤状に乗っております。

これが千個集まったものを「小千世界」といい、さらにそれらが千個集まったものを「中千世界」、さらにさらにそれが千個集まったのが「三千大世界」となります。

これが「一仏国土」と呼ばれ、一人の仏が治めているのであります。この“一仏国土“ ・・・この世にどれぐらいあると思いますか? ・・・なんと、それがガンジス川の砂の数ほどあるのであります。

仏教の教えというのは難しいですね? もっと簡単に小学生でも読めるようなものであれば、世界は救われ、戦争や爆弾テロ、拉致、誘拐などはなかったかもしれません。しかし、ほんとは簡単なのです。ただ、偉い人たちが難しさの中に人間の優秀性を誇示したいがために、難解な文節と漢字を用いただけなのであります。

この世の一切は空であり、十二因縁によって一切は輪廻転生を繰り返していく・・・、分かりやすく言えば、この世は幻想の世界であって、実体はなく、夢と同じ世界である。それは我々の過去に蓄積された記憶が、ハードデスクによって再生され、編集されているだけのことである、ということであります。

???これは、馬鹿馬鹿しい話であります。2600年前から子供だましのフィックションがまかり通ってきたということ、無明を浸透させる悪質な少数派が存在することを、我々はしっかりと見抜かねばなりません

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4月7日(水) 人間の悪魔の部分


50年ほど前の話ですが、ある猟師が大きな熊を山奥の川辺で発見した。すかさず彼は狙いを定め、猟銃でズドン、手ごたえは十分であった。ところがその熊は、大岩を抱えて立ったままであった。そこでさらに連射した。しかし、それでも動かない。血に染まりながら、岩を抱えて身動きしない熊に彼は首をかしげながら、恐る恐る近寄ってみた。

すると、何とその熊の足元に2頭の小熊がいた。岩を放せば小熊はぺちゃんこ、母熊は息絶えてもなお、岩を懸命に抱え続けたのであります。茫然と立ちすくむ猟師、それ以来、彼は猟銃を持つことはなかった。

野生の動物達は懸命にわが子を守る。時には敵の餌食となって子供を守る親もいる。しかし、最近の人間の親には悪魔の化身が大勢いるように思えてならない。親が子供を殺す事件が相次いでいるが、それは明るみに出たから知られたようなもので、氷山の一角かもしれません。闇の地獄では、子供虐待が日常茶飯事、人格を破壊された子供達が次々と製造されているのであります。

最近なぜか眠れない。不眠症ではないのですが、心が痛んで苦しくなるのであります。子供達が次々と殺されていく。しかも、自分の母親に・・・、「塾に行きたくない」と初めて反抗したために、ある母親は小学生の息子の首を絞め殺し、ある母親は衝動的に、生後4ヶ月の次男の睾丸を切除、ある母親は幼稚園児の息子を車でひき殺そうとして殺人未遂、・・・そういう恐ろしい事件がここ数日連続している。

数年前、アメリカでは高層ビルの屋上で、逃げ回る5人の子供を母親が追いかけ、捕まえて次々と下へ投げて殺した。ある母親は生命保険金ほしさに4,5歳の自分の子供の胸を包丁で刺した。刺された子供はなきながら、それでも「ママ、ママ・・・」と叫びながら包丁を持つ母親の足元へ這いずっていった。そしてとどめの一刺し・・・。

しかし、世界にはさらに恐ろしい闇の地獄がある。幼児売買である。東洋のカスバ、魔窟暗黒街といえば香港の表玄関、九龍城砦・・・。そこには悪魔のネットワークの中心があり、世界各地に拠点を持っている。最大の組織は三合会、約50団体からなり、8万人余りで構成、アジア最大最強のマフィアであります。

ある貧しい国には赤ちゃん農場があり、妊婦が集められて出産する。そして子供はその場で買い上げられて輸出されていく。男の子は奴隷、女の子は売春、そして役に立たない子供は臓器摘出用となる。一人平均5千ドル、その利益の一部を社会福祉事業費に当てる国もあるというから驚きであります。

ちなみに、最も高く売れる子供は金髪の青い目で2万ドル、日本人が現地妻に産ませた子供は1万ドル(110万円)といわれている。インドでは生体腎臓が3万ルピ(24万円)、角膜が8万ルピ(64万円)で、年間、2000件以上が売買されている。 

「人間の身体っていうのは全く無駄がないですな。心臓、腎臓、肝臓などの臓器だけではなく、毛髪や皮膚、血液など、高く売れますわ・・・」

これは香港マフィアの幼児仲買人が日本人記者に漏らした言葉であります。組員達には優秀な頭脳が大勢おり、医者?弁護士、政治家、科学者などが協力し合って、魔窟暗黒街を強固な鉄壁の守りにしているのであります。その医療スタッフに勧誘され、拒否して暗殺された医者は少なくないという。豪州のビクター?チャン博士もその一人です。

以上、人間の悪魔の部分がいかに根深く、いかに救いがたき所に来ているかを見ましたが、果たして人類の未来はどうなっていくのか・・・? 余りにも絶望的ですが、最後まで望みを捨ててはならないと思います。

一生補処の菩薩、弥勒菩薩はいま兜卒天(とうそつてん)で修行中であります。57億6千万年後、この地上に生まれ、竜華樹の下で悟りを得て仏となる。その時に人類はみな救われる、ということですが、それを悠長に待っていてはお終いであります。

救いは、あなたの愛と正義と勇気、そして思いやりから始まるのです。煩悩を捨て、滅私有念有想、こころの完成を目指しながら、悪と戦っていきましょう!

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4月5日月曜日 御真影奉護隊

天皇、皇后は現人神であり、御真影(肖像写真)はその分身である。ということを国民一人一人に信じ込ませ、それを徹底的に浸透させる、というのが明治政府以降の国の方針でありました。

つまり、御真影は「皇民化教育の柱」として位置づけられ大切にされたわけで、明治20年(1887年)沖縄県下の全ての学校へ御真影が持ち込まれ、終戦まで神として崇められたのであります。

学校の校門を入ると「奉安殿」と呼ばれる社があった。石造りの建物で、観音開きの鉄扉の奥に、御真影が祀られていた。その前を通る時、何人たりとも拝をしなければならなかった。これは日本全国の学校にあったもので、沖縄県に真っ先に持ち込まれたのであります。

昭和19年の10月10日、沖縄は米機動隊の大空襲を受けて那覇の街は壊滅した。死者668人、家屋焼失、11,451戸であった。空爆の最中、ある小学校の校長は奉安殿から御真影を防空壕の中に移す時、その儀式に則しての動きをしなければならなかった。つまり、御真影を脇にはさんで一目散に走る、というのは神を冒涜する行動で、厳禁であったのであります。

彼は、両手で御真影を持ってかざし上げ、うやうやしく頭を下げながら、厳かに歩かねばならない。3歩進んでスキップ、スキップ、そこで頭を下げてスキップ、スキップ、クルリ回ってワンツー、スリーフォウ・・・、まるで優雅な社交ダンスであります。

しかし、銃弾や砲弾の破片、ロケット弾の攻撃は容赦なく彼に襲いかかった。真っ赤に焼きただれた鉄の破片が彼のズボンのベルトを切り落とし、ズボンが落ちてフンドシ一つとなる。しかし、それでも彼は眉一つ動かさず、厳かに防空壕めざして歩き続けた。これはウソのようなほんとにあった話です。

彼が防空壕に無事たどり着けたのは、やはり、現人神の霊験あらたかさ、によるものと思われます。

そういうわけで、それぞれの御真影を守り通さねばならない学校関係者たちは危機感をつのらせ、「御真影奉護隊」を結成したのであります。彼らはいろいろと協議し、結局、本島中南部の各学校の御真影を、安全と思われた北部のある学校に集めて安置することにしたのであります。

そして地獄の黙示録がいろいろとありまして、北部のある小学校の校長は、御真影を守るべく山中を徘徊し、スロー、スロー、スキップをしている時に、兵隊からスパイと見なされて軍刀で切り殺されてしまいました。彼の名は、明かすべきか明かさざるべきか、いろいろ迷いましたが、・・・やっぱり明かすべきではないでしょう・・・。その必要がないからです。

そして、沖縄戦終了と相成り、6月30日、安置されていた御真影は、生き残った御真影奉護隊によって、山深き鍾乳洞の中に運び込まれ密かに焼却された。その総重量は380キロ、積み重ねると3メートルにもなったという。

いま、天皇、皇后は日本の象徴であります。大和民族の心の古里として大切にすべきだと思います。そして、我々は悟るべきだと思います。人間は全て「現人神」である、ということを・・・!

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4月1日木曜日 エイプリル・フールの起源

アステカ族は、古代メキシコの民族でございますが、そのルーツは北方の狩猟民でありました。つまりアメリカインディアンの祖先であります。彼らは13世紀末にメキシコ盆地にやってまいりまして美しい湖、テスココ湖に浮かぶ小島、トラテロルコ島に都市・テノチティトランを築き上げたのであります。

彼らはこの都市を拠点として、侵略と征服を繰り返しながら大帝国を築くのですが、スペイン人達に征服されて壊滅いたしました。

彼らの宗教は、彼らの部族宗教に、メキシコ古代文明の宇宙観を融合させたものでありました。その根本思想は次の通りであります。世界は4つの太陽の時代を迎えたが、それぞれの時代は天変地異により滅亡した。そして現代は第5の太陽の時代となっている。その第5の太陽を死滅から守り、宇宙が破滅するのを防ぐには人間の血のしたたる心臓を捧げねばならない。

彼らは大神殿をいくつも建設し、そこにおいて人間の生贄を捧げた。大勢の捕虜達がその犠牲となったのであります。

彼らの新年は春分の日であった。つまり3月21日であります。その日から12日間、狂乱の祝祭が催され、エピローグとして4月1日に、生贄から心臓がえぐりだされて、神々に捧げられたのであります。

彼らの神は大勢おりまして、主神が戦争と太陽を司る男神、ウィツィロポチトリ、その母がコアトリクエ、愛を司る美しい女神、ショチピーリ、彼女は人間の心臓を刺した棒を持っております。その他、闇を司るテスカポリトゥガ、風を司るケツァルカトル、トーモロコシを司る女神、チコメコアトゥル、・・・数えればきりがありませんのでこの辺でストップ。

ようするに複雑怪奇な儀礼を経て、大勢の人間の心臓がえぐりだされた、ということであります。この恐ろしい宗教儀礼はスペインの征服下となって廃止されたのであります。そして、新年も1月1日に改められた。

その後、4月1日に「お前は生贄に決まった」と言って人の度肝を抜く冗談がはやり、ある聖職者がそれをまね、儀式の土壇場で「エイプリル・フール」と叫んで大衆を笑わせた。

それが「エイプリル・フール」の始まりで、その背景には凄惨にして恐ろしい歴史の影がうごめいておるのでございます。

洗脳された人間って恐ろしいですね? 「宗教はアヘンである」 というマルクスの若き日の言葉、いささか違う点もありますが、人間が無知で、真実から目をそらしている限り、あるいは個人の発想と人格、個性が大事にされないかぎり、宗教はいつまでもアヘンとなり、人間はその奴隷となり続けるでしょうね?

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3月31日(水)神と悪魔が与えるもの

考えて見ますと、豊かさとか満たされる、というのは人類最大の敵かもしれません。あらゆる不幸の原因は豊かさであり、栄光であり、巨万の富み、かも・・・? つまり、豊かさとは悪魔が与えるものであり、逆境とは神が与えるものである、と言いたいのであります。

それは何故か? 謙虚に申し上げますと、悪魔は豊かさが人間を絶滅させるものであることを知っており、その悪魔の毒牙から人間を守るのは、逆境によって培われる強靭な意志の力しかない、ということを神は知っているからであります。

衰退と滅亡は、豊かさの頂点に達した時の怠惰と傲慢と精神の脆さが招くものであり、存続は逆境の壁を打破できる意志の力が導くものであります。

ようするに主張したいことは、豊かさの中でも愛と正義と思いやりを持って、謙虚に人生を歩める方は、本当の意味での強いお方であるということです。そういう方は地獄のどん底においても、強靭な精神力で愛と正義を守り通すことが出来るのであります。人類の次の進化の目標はそういう方かもしれませんね?

Adversity is sometimes hard upon a man; but for one man who can stand prosperity, there are a hundred that will stand adversity.(逆境は時には人間にとってつらいこともある。しかし、順境に耐えられる人一人に対し、逆境には100人が耐えられる)

これは18世紀のイギリスの歴史家、トマス・カーライルの著書の一節であります。豊かさに耐えて、人間らしく生きていくということ、それが如何に難しいか、ということを強調しておられます。

相撲界においてモンゴル人横綱・朝青竜と平幕の朝赤竜の大活躍、そして日本人相撲取りの意地と気迫の欠如、逆境と順境の違いを見せ付けられたような気がいたします。

今日の日記、あまり面白くないですね? 頭痛、くしゃみ、咳、鼻づまり、全くひどい花粉症であります。面白くない原因はそこにありますので、笑って許してください。

 ・・・では、ここで一句、「鼻穴に さくら吹き入り なお詰まる」 ん? われながら素晴らしい! 百年に一度出るかでないかの名句と思いますが、如何でしょうか? ・・・やはり、迷句ですか? 大変失礼致しました。 では、また、次回の書く気になれる日まで!

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3月27日土曜日 59年前の沖縄「ひめゆり学徒隊」

暗い壕の中には石油ランプが二つ、昼夜の別なくともされていた。収容されている負傷兵は80人余りで、薬箱や雨戸を敷いただけのベッドの上にずらりと並べられていた。

壕の外からは砲弾の炸裂音が絶えることなく響いてくる。地面はぬかるみ、従軍看護婦として働く少女たちは泥水にまみれて働いた。そのような壕が他にも40ほどあった。

一つの壕には彼女たち4人と、衛生兵数人が看護に当たっていた。負傷兵たちは、苦しみもがきながら彼女たちを呼び続けた。「包帯を替えてくれ、便器、尿器をかしてくれ、殺してくれ・・・」

包帯は膿でべとべとで、取り外すとそれが吹き上がってドロドロと流れ落ちる。腐った傷口にはウジがうごめく。それをつまみ出して取り除いてやるのですが、奥から次々と這い上がってくる。

壕には取り替える包帯もなく、ピンセット一本、消毒薬など全くなかった。5日に一度の割合でやってくる軍医の治療を待つしかない。

その軍医が爆風に飛ばされるようにしてやってきた。丁寧な治療は出来ない。長くて1人一分、そうでないと数百名の負傷者の治療が出来なくなる。軍医は彼女たちを従えて一人一人診て回った。

「こいつは破傷風だ。それに関節はガスエソだ。足を切断する。そうしないと数時間で死ぬ・・・」

軍医はそう言うと腿を紐で縛り上げ、消毒版からメスを取り上げて肉を切り裂き、それをめくり上げた。足をにぎっていた少女は卒倒した。軍医の罵声が飛ぶ。「これぐらいで気絶して看護婦といえるか。バカヤロウ・・・」

麻酔薬などあろうはずがない。断末魔の叫びが次々と起こった。2時間近くで全負傷兵の治療を終えた軍医は次の洞窟へと向かった。

毎日5,6名の負傷兵が死んでいった。敵の砲撃は真夜中だと小休止する。彼女達は、その時を待って死体を壕の外へ運び出して埋葬した。しかし、新たな負傷兵が数を増やして運ばれてくる。

壕の出入りは夜間にかぎられていた。昼は2交替で睡眠を取る事になっていたが、それは許されず、不眠不休の勤務が何日も続いた。不十分な治療と不潔、栄養失調で患者達は極度に衰弱していった。

骨と皮だけのやせ細った体にはシラミが異常発生、患部はウジがわき、砲爆撃の間隙に生じるわずかな静寂の中で、ウジが肉を蚕食する音が異様にはっきりと聞きとれる。

米軍の攻撃は次第に熾烈さを増していった。島を二重3重に取り巻く米艦船からの砲撃、航空機からのガソリン散布による火炎攻め、戦況は最悪不利、ついに南部への撤退命令が下された。

しかし、全員をタンカで運び出すことは不可能であった。それに衛生兵全員も戦闘に狩り出され、彼女達だけが看護の任に当たっていた。

助かる見込みのない負傷兵に自決用の手榴弾と毒薬が配られた。そして、救いを求めてうめく彼らを置き去りにして撤退が決行された。負傷兵をタンカで運ぶ役は鉄血勤皇隊、13歳から16歳までの少年達であった。

首里司令部の最後の砦であった弁ヶ岳の戦闘で、彼らの一個分隊が全員魚雷を背負い、敵戦車軍に突撃し全滅した。5月23日のことであった。

田んぼの中に電柱が立っている。坊主頭にされた少女がそれに後ろ手をしばられていた。その前には5人の少女たちが白ハチマキをし、短刀を両手で握り締めている。まわりは、いかめしい兵隊達で取り囲まれていた。

「スパイの末路だ。見せしめのために殺せ!」

短刀を持った一人の少女が、喉を引きつらせながらかけ声をあげて突進した。短刀はしばられている少女の腹部を刺した。「いたいよー」という悲鳴が起こった。続いて隣の少女が突進する。刺す方も刺されるほうも泣いていた。

しかし、刺される少女は死なない。ハチマキの少女達は泣き叫びながら何度も何度も短刀を突き立てた。丸刈り頭の少女の声は次第に弱まり、ピーピーという気管支の音だけとなった。指揮官らしき兵隊が軍刀をギラリと抜いて前に出た。

「どけ、邪魔だ。おれがやる・・・」

彼はそう言うと軍刀を振り下ろした。少女の丸刈り頭が飛び、田んぼに落下してめりこんだ。少女達は血に染まった短刀を握ったまま茫洋としていた。

殺された少女は勤務中に精神に異常をきたし、壕の外に出て手を振ったりしたためスパイと見なされたのであった。スパイ容疑で味方に殺された人は他にも大勢いた。

最後に彼女達は島の最南端、喜屋武岬に追い詰められ、ほとんどが死んだ。生き残ったのは死体の中に置き去りにされた重傷の少女、自決用の手榴弾が不発だった少女、絶壁から飛び下りて、途中の岩に衣服がかかった少女、そういう何かの力が働いた者たちだけであった。

59年前の沖縄地上戦、戦火に散った少年少女たちの冥福を祈りながら、今日の日記を記しました。

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