このテキストは、こちらの続きです(症例6さん)。


・Fさんの大学時代

 大学に進学すると、久しぶりに共学という環境が戻ってきたのを感じた。 男女比が1:1に近いということもあって、周囲に女の子がいるのを感じ取っていた。 だが、やはり交際というものには程遠かった気がする。好きになった女性は何人かいたが、告白して玉砕するか相手に恋人がすでにいて、告白せずに玉砕というケースばかりであった。 結局童貞のまま大学を卒業する。

 ファッション面は高校・予備校時代と変わらず同じファッションをしていた。 丸井も浪人以降踏み入れることはなく、相変わらず「母親が買い与えたファッション」を続けていたと思う。髪も相変わらず、ドライヤーなしの安床屋で切っていた。 大学の同級生は余りの髪型に対する無頓着ぶりに、ムースやジェルを使った髪型の改善を提案してくれたりもしたが、一時的な物で結局元の髪型に戻っていた。

 自分が童貞である理由はその容姿に一因があるのかもということすら感じ取れずに、女心を掴まえるのはどうして難しいのだろうか、そんなことばかり考えていた。

オタク方面はパソコンを買ったことをきっかけにエロゲーデビューすることになる。「同級生」「ToHeart」などメジャーといわれる作品はプレイした。 それよりも、その頃から普及し始めたパソコン通信でチャットにはまるようになり、ネット中毒はここから始まる。今から考えれば、彼女と別れてその寂しさを紛らわすべくNIFTY-ServeのCBシュミレータやPC-VANのOLTなどのチャットに入ったのがすべての始まりだったと思う。

 インターネットにも接続するようになり、気がつけばIRCにもはまっていたと思う。 アニメは当時大流行した「エヴァ」を見て、ハマった。ハマったアニメはこの1本だけである。 彼女と別れてコミケ通いは何となく再開し、あの独特の雰囲気を楽しみに行ってたと思う。同人誌は行列の出来るサークルや以前行ったときに気になったサークルを買っていた。また、チャットやパソコン通信で知り合った仲間と同人サークルを始めたのもその頃だった。



・Fさんの大学院時代

 大学院に進学すると、また男子校のような状況に戻り、女性とは疎遠になる。 だが、その一方で自分が童貞であることを強く意識するようになる。 気がつけば大学時代の友人は一通り男女交際をしていたが、自分だけ蚊帳の外にいた。 そして自分だけが童貞だということに関して強い劣等感を感じるようになり、急にあせりを感じるようになる

 オタク方面は、相変わらずネット中毒であり、IRCチャット中毒であった。 また、大学時代に始めた同人サークルを続けており、そのサークルメンバーから知った「Kanon」や「Air」に手を染めることになる。



・脱オタに目覚める

 その中で脱オタに目覚めたのはとあるオフ会がきっかけであった。 IRCチャットのオフ会に参加したのだが、その時の参加メンバーに 「その服装は無いっすよ」と言われたのだ。 その時の僕の服装は、チノパン、よく分からない柄のシャツ、トレーナーに何故かチェックのジャケットだった。トレーナーにジャケット。わけのわからない服の組み合わせだったと今でも思う。

 それから脱オタに目覚め、同人誌購入やエロゲー購入に費やしていたお金を洋服に向けるようになる。最初に見たサイトが有名な「脱オタファッションガイド」だったこともあり、そこのサイトで無難と言われていた丸井系ブランド(ABAHOUSE)とかからはじめ、JUN MENとかNewYoakerなどモード系から無難系まであれこれ購入活動に走るようになる。

 丸井だけでなく、御殿場、軽井沢、南大沢などのアウトレットモールも通い、デパートにも出向くようになる。ただ、店員の言いなりかもしくは自分のセンスだけで買い、あまりアドバイスをしてくれるファッションに強い友人がいなかったということもあり、自分なりのコーディネートがまだ確立できていないと思う。 その上、髪型までは目を向けることは無く、相変わらず安床屋であった。



・社会人・童貞喪失

 そして、就職。IT企業なので、女性関係は皆無である。 相変わらず童貞であり、かなりあせる様になった。 そして、相変わらず自我の確立されていない洋服買いを続けており、夏冬用の服は一通りそろったものの、でも何だか一貫性が無い状態のままである。

 そんな中で二つの決心をする。 「美容院に行こう」「童貞を捨てよう」と。

 前者は簡単であった。ファッション雑誌に載っている渋谷109にある予約不要の若者向けサロンがあり、そこに出向いてみることにした。髪型は、「今と同じ感じでお任せで」と。 最初は床屋に行くのと大差なかったが、だんだん慣れてきた気がする。 それからはなじみの美容室もでき、眉毛も定期的に切るようになったし、カラーリングもするようになった。会社の同僚や上司やサークルの仲間は髪の色が変わると驚くが派手に色を変えたわけではないので、まだ受け入れてもらっている。2002年のワールドカップ以降男性のカラーリングも比較的社会に受け入れられるようになったのが影響していると思われる。

 童貞の方だが、結局恋愛は成就することがそれまで無かったので(正しく言うと、性交まで達する恋愛ができなかったので)、吉原のソープランドに出向くことにした。 ネットで店を探し、2ちゃんねるで店の評判を確かめ、いわゆる「大衆店」で自分より年上と思われる風俗嬢と騎乗位であっさりと童貞喪失は完了した。 「あ、こんなものか…」と正直思ったのである。

 この頃は何か失敗する度に「だから俺は童貞なんだよ!」と自分で自分を責めているくらい追い込まれていたので、金を出すことによってコンプレックスを解消できるのであれば、もっと早い内に童貞を捨てていても良かったのではないかと思った。

 オタク方面は、同人サークルを続けている関係でその仲間が紹介したゲームやアニメは手を出しているものの、かなり掛ける金額は抑え目になってきている。「月姫」とか「クラナド」等購入はしているが、完全に積みゲームと化している。 昔からのサークルという人間関係を円滑にするために掛けているコストとも言えよう。



・現在のFさん

 美容院に行き、ファッションに一定の金額を費やすようになったが、はたから見ると「何となくオタク」のオーラは出続けていると思う。 このオーラを消すべく、引き続きファッションセンスの向上に日々研鑽しなければならぬと思う日々である。最近買うブランドはアニエスベーが中心である。このブランドもあれこれ賛否あるようだが。 しかし自分のファッションに関しては、一度大規模な外科的手術が必要だと思う今日この頃である。 大学入学当時と比較すると脱オタは進んでいると思われるが、まだまだこの文章を読まれている諸氏に比べると未熟だと思っている。

 童貞のほうは、真性童貞から素人童貞に下がっただけで2ちゃんねる毒男板や喪男板ではより低い立場だとされている。 女性との接点もなく、悶々とした日々を過ごすとともに年齢による性欲の低下を感じ、そろそろ真剣に結婚相談所とかの利用を考え出す今日この頃である。 本当は恋愛結婚したいんですけどね。








 Fさん、貴重な経験談ありがとうございました。

 俺、アニエスベー好きだよアニエスベー。しかし…あのブランドは滅茶苦茶高スペックを要求されるような気がして、自分でも着れる服を探すのが滅茶苦茶大変で、「ああ、これ恰好いい服だけど俺には無理だから諦めます」と涙を呑むことが多いんですが…という独り言は置いといて。

 今回のFさんのケースは、今までの脱オタ五症例とは相当異なる特徴を有しています。それは、

1.(もし予備校時代の件が恋愛成就とみなさないなら)後に好影響を与える恋愛を経験する契機を、現在に至るまで持っていないこと
2.現在でも自分自身から「オタクオーラが出ている」と感じていること。つまり、自分自身の現在の適応状況に後ろめたさ、あるいは劣等感を感じ取っており、それを克服するには至っていないということ。
3.所謂脱オタを本格化させた後に、恋愛と呼称するに相応しい経験は未だ経験していないということ。

 です。これら三つは、他の脱オタ症例検討(Aさん〜Eさん、及び私自身)の場合においては脱オタ前には確かに存在したものの、脱オタ的活動のなかで超克されていったポイントと言えます。最後のほうの文章にもある通り、Fさんは、異性との交際や結婚を望んでいますが、残念ながら脱オタという行為を通しても未だそれに成功していないと考えざるを得ません。脱オタという行為が、“侮蔑されがちなオタク的境遇から自分自身が望んでいる境遇に移行する為の技術的手段”だとするなら、Fさんは未だ目的を成功していないと言うべきか、少なくとも脱オタの途上にある、と表現するのが妥当だと思います。

 書くべきか書かないべきか迷う所でしたが、敢えて書いてみます。Fさんは既に三十歳を回りました。私見では、脱オタに伴う適応変更を達成するうえでぎりぎりの年齢にさしかかっているのではないでしょうか。脱オタは、スクールカースト低位のオタクや侮蔑されるオタク、消極的にオタク界隈を選ばざるを得なかったオタクの全員が必ずしも達成できるものではありませんし、加齢に伴って難度は高くなってしまいます。Fさんに残された時間は、おそらくあまり無いでしょう。こんな事を書くとFさんは焦ってしまいそうですが、私に指摘されるまでもなく、既に十分焦っているものと推察します。他の脱オタ症例の人達は、概ね二十代の後半までには“勝負を決して”いますが、今回のFさんのケースは、30代になっても目的に適った適応に至っていません。これは、当サイトとしては初めてのケースであり、当サイト的には無視出来ない報告と言えます。ですがそれはこちらの事情であって、Fさんの事情ではありません。Fさんは今、脱オタにこれだけ労力を費やしたにも拘わらず、ひょっとすると十分な結果を得られないで終わってしまう危機に瀕しているのではないでしょうか。

 Fさんの予後については、正直楽観を許さないと私は考えざるを得ません。Fさんの継続的努力にも関わらず、Fさんの脱オタは曲がり角の季節――三十代――を迎えつつあります。何がA〜EさんとFさんとを分かつものだったのでしょうか?顔つきやファッションセンスでしょうか?否、拝見させていただいた写真をみる限り、症例2のBさん症例3のCさんなど比べて決して劣るルックスとは思えませんでした。或いは予備校生時代の手痛い経験?Aさん〜Eさんと、このFさんとの違いははっきりしませんが、三十歳になっても当人の望んだ適応(異性との交際、コンプレックスの解決など)に到達しきれない場合があるという事実を、私は無視することが出来ません。これまで余所では散々言われてきた事ですが、数年間の脱オタ経験でも(当人にとって)満足のいく結果が出ない可能性には、十分注意しなければならないようです。人生におけるあらゆる選択と同様、やはり脱オタも賭けなのです。

 …一方、全ての行為・努力・プロセスがどれぐらい役だってどれぐらい無駄なのかは死ぬ瞬間まで分からないことですし、脱オタが上手くいくのであれ失敗するのであれ、積み上げてきたモノは常に何らかの形で積み重なる、という点にも着目しておきたいです。表面的あるいは題目上の目的を果たしきれなかった努力は、無駄でしょうか?私は、そうは思いません。適応の賭けに打って出る凡ての脱オタ者の努力が、常に何らかの蓄積になることを、私は祈っています。


 ※本報告は、Fさんのご厚意により、掲載させて頂きました。今後、Fさんの御意向によっては、予告なく変更・削除される場合があります。ご了承下さい。