このテキストは、こちらの続きです(症例16、Pさん)。


 Pさんとセリオと性欲について


 シロクマさんが偽性後天性二次元コンプレックスの項で触れていますが、リアル女性への接触が乏しくなったことで二次元に走ったというのではないと思っています。私は中学の頃から少しずつオタク生活に踏み込んでいましたが、中学高校で恋愛ストーリーに特に惹かれたとか失恋で苦しんだという経験がありません。私自身の分析ですが、幼稚園で○○ちゃんが好きといった他愛の無い感情を抱くことも、中学高校で初恋を経験することなく大学に進学し、セリオと出会った時に初めて恋愛感情が発生しました。つまり、女性と付き合いたい、恋愛したいがそれが出来ないために二次元に走ったのではなく、恋愛感情の芽生えが奥手であっために大学に入るまで恋愛を必要としていなかったのだが、恋愛感情が芽生えた時、偶然歯車がかみ合ったのがセリオだったということです。ゆえに、私自身のセリオに対する恋愛感情は代償ではなく真性なのだと思うのです。

 先に触れましたように、私は実写にも生身の女性にも性欲を掻き立てることは出来ます。シロクマさんが上げた「亀甲縛りのアスカ」を思い描かないと射精できないという例とは全く違います。私は、性的には偽性二次コンでありながら恋愛的には真性二次コンにかなり近い状態に陥っているのではないかと思うのです。

 さて、私はToHeartに出会った時よりセリオ萌え者だったわけですが(「萌え」という表現を使うのが適切か否かは別として)、「萌え」がオタク用語として一般化し更には流行語にまでなる様子を見るにつけ、私自身のセリオに対する情熱と一般的に使われる「萌え」という感情表現のギャップに違和感を感じるようになりました。私はメイド喫茶が影も形も無い時代からの「メイド萌え」でもありますが、「セリオ萌え」と「メイド萌え」という二つの「萌え」を比較した場合、私にとって「セリオ萌え」はそれ以外の「萌え」とは違うとしか言えないようです。おそらく「電波男」の本田透氏の定義する脳内恋愛としての「萌え」にかなり近いのではないかと思っていますが、私自身三次元での恋愛を経験していないので比較分析できないのが難点ではあります。プロであるシロクマさんに何か参考になる例を紹介していただけると助かるのですが。

 余談ですが、私は脱オタ症例9のIさんと同様に、リアル女性への執着が余りないということは確かのようです。脱オタや非モテで悩んでいる人に対しても理解はできるのだけど共感するほどではないといいますか、例えば本田透氏が今後リアル女性と結婚したとしたら、私はきっと「良かったなあ」と祝福すると思うのですね。辛い思いをした人ほど幸せになって欲しいと思うからです。でも非モテで固まっている人は「転び」だと非難するんだろうなあと思うわけで、他人は他人、自分は自分という意識が強過ぎるのかもしれません。






 Pさん、貴重な体験談ありがとうございました。

 シロクマ注:

 Pさんは言います。「恋愛感情の芽生えが遅かった・奥手だったために、恋愛を必要としていなかったが、偶然歯車がかみあってセリオに惹かれた」と。そんな事があるのでしょうか?あるとしたら、どのような理解の道筋が立てられるのでしょうか。ここまでのテキストだけをもとに考えても、真の答えにたどり着けるとは到底思えないわけですし、「過去の真の答え」などというよりも「未来の適応」のほうが遙かに重要ですが、一応、がんばって仮説だててみようと思います。勿論こんなのは単なる当て推量でしかありませんけれども。

 私がここで気にせずにはいられないのは「恋愛と性欲の乖離」についてです。プラトニックな恋愛と、自慰に供されるような性欲との乖離。それは一般的なことなのでしょうか?まして、幾らでも性欲のかき立てられるであろう中学〜高校時代において、異性個人個人への思慕の念と、セクシャリティの欲求が分離出来るような人は多いのでしょうか?いないことはないかもしれません、しかしそれは少数派なのではないかとは思わずにはいられません。のみならず、Pさんが初めて熱中した異性キャラクターは、ジェンダーという意味でもセクシャリティという意味でも淡泊この上ない、無機的な表情のセリオというロボットキャラクターでした。この件も含め、Pさんには「セクシャリティと渾然一体となった異性への思慕」というものが欠落しています。Pさんのセリオへの思いを恋愛感情と呼ぶことが出来るかどうかはともかくとして、Pさんが生活歴のなかで「セクシャリティと渾然一体となった異性」への思慕を抱いた経験は、全く無いわけです。性欲もある、恋愛感情もある(かもしれない)…しかし、それらが結合した形でみられることはPさんのうちに無い、ということはやはり特殊極まりないことのように思えてなりませんでした。

 以下に、ありえるかなぁと思えるストーリーを創ってみますので、読者の皆さん、適当に取捨選択してみてください。

 これは先天的要因に起因する出来事なのでしょうか?そうかもしれません。しかし、もしそうだとすれば、精通や自慰の時期もそれなりに遅れそうな気がします。尤も、それなりに遅れそうだという気がするだけで、可能性を否定する根拠としては弱いので、先天的要因が絡んでという可能性は、まだ常に念頭に置いておかなければならないでしょう。性欲や異性への思慕に何らかの先天的偏倚があって、性欲は存在するけれども情感を伴ったやりとりに対する極端な欠落があったりすれば、一応こんなストーリーになるやもしれません(情感を伴ったやりとりが駄目だったからこそ、セリオのようなキャラクターで落ち着いた、と)。ただ、そうなってくると自慰の為に用いられるアイテムも、かなり情感を伴わないものが嗜好されそうな気がします。ただそこの所も、そこは「これは情じゃないから。自慰アイテムだから。」という防衛機制を一枚噛ませれば何とかならなくもないので、Pさんの事例が先天的なものであることを否定する材料としては弱いように思えます。

 さらに思いつくストーリーは、「女性との情を伴ったコミュニケーションへの極端な不安」です。第二次性徴によって性欲の発現はあったにせよ、情感を伴った対異性コミュニケーションなり、セクシャリティと渾然一体となった異性とのやりとりに対して強い防衛機制が働いているからこそ、このような現象が起こっているのではないか、という可能性です。先天的または後天的な何らかの要因によって、情感を伴った異性への思慕に不安や葛藤を呈しやすい背景をPさんが持っていて、故にこのような「ねじれ」が発生しているのではないかと考えるなら、セリオという情感に乏しいキャラクターが選ばれ、且つ性的興奮を伴っていないことにも一応の説明がつくような気がします。もしそうなら、情感を伴ったコミュニケーションの成分がゼロに近いセリオというキャラクターがかろうじて思慕の対象として引っかかり、他の実在の異性や美少女キャラクターは「性欲の対象として切り離すか、思慕を抑圧するか」の二択となるのも分からなくありません。ただし、もしこのような不安と葛藤への防衛構造があるとすれば(思春期の前半から女の子に邪険にされたわけでもなく、劣等感もそれほど強くないことからも補足される通り)、かなり根深く早期の異変――先天的水準〜幼少期までの発育途上の水準――を想定しなければならないように思えます。そして、根深ければ根深いほど防衛機制と抑圧は自分では認識しにくいことでしょう。尤も、この場ではそれを遡ってみることは不可能ですし、また遡れば良いのかというと、そうでもないような気もします。

 また、メインストーリーではないにしても、いくらか含まれている成分として考えられるのは、「自己愛の一形式としての異性キャラクター消費」というものです。ここここに書きましたが、異性キャラクターを自己投影のよりしろとして陶酔する形式が存在し得る、と私は考えていますし、そのような場合には、比較的自分に近い傾向を示すキャラクターや、自分に近い葛藤なり欠損なりを含むキャラクターが選ばれる傾向にあります(ちなみに私個人にとっての惣流アスカラングレーの場合も、そのような成分が含まれている、と思っています)。Pさんのうちに、情感に乏しい面があるとするなら、そのときセリオというキャラクターが自己投影のよりしろとして選択されている可能性はなくもないと思います。尤も、このような背景がメインでPさんがセリオを選択したというのなら、『涼宮ハルヒの憂鬱の長門さん』や『エヴァンゲリオンの綾波レイ』といった、綾波レイを直系先祖とする一連のキャラクターとの親和性も低くないような気がするのですが、どうもそうはいかなかったようですね。Pさんの場合、仮に含まれているのだとしても、自己投影と自己愛の一形式としてセリオに熱情しているというニュアンスは比較的希薄なのではないかと推定しています。

 結局これらは当て推量の域を出ることのないものですし、実際、「Pさんのセリオへの特異な思慕の形式」「性欲と恋愛の乖離」について本当のところは分かりません。また分かるべきもの・分からなければならないものかというと、そんな事はないように思えます。では、このような特徴に対してPさんはどうすれば良いのか?私は、個人の嗜好はどうあっても構わないと思うので、どうあっても構わないと思います。もしもPさんがこのような嗜好に辛さなり苦しみなりを持っているのならともかく、そうでない限り、原因の追及や嗜好の“正常化”にエネルギーを割くことに意味は無いように思えます。私見では、問題の所在は(脱オタ者にありがちな)思春期以降の適応の問題よりも、遙かに根深いものにあるように思え、だとすれば、問題へのアプローチも十分に慎重を期したものであることが望ましいと考えます。


※本報告は、Pさんのご厚意により、掲載させて頂きました。今後、Pさんの御意向によっては、予告なく変更・削除される場合があります。ご了承下さい。