『初卵』
台風10号が日本本土に上陸し猛威を振るう頃、我が家の文鳥達は安穏とした生活を送っていた。
放鳥時にラックの最上部で人間を見下ろしながら交尾しているハクとトンを見た私の中で、何かがブッチと音を立てて切れた。
盆明けを予定していた世継ぎ作りの環境設定を、今夜から開始する事に急遽決定した。
白河のディスカウントストアで買ってきた箱巣には、既にWARA-Gという名称のわら製の産座が敷かれていた。
籠の中に箱巣を一般的な設置方法だと思える、出入口に平行に上側の止まり木に置いてみたが、
その上部の止まり木の止まれる範囲がすごく狭くなってしまった。
これでは交尾するのも大変だろうと考え、箱巣を出入口に対して直角に置く事にした。
これなら止まり木の止まれるスペースは十分にある。だが、何となく不安定だ。
金網に対して真っ直ぐに取り付けてある上部の止まり木を斜めに取り付けてみた。
つまり、箱巣に対する止まり木の接地面積を増やす事によって安定度を増そうという試みだった。
あとは、上部の蓋が開かない様に何らかの対策を採らなければならなかった。
色々考えた結果、新しく止まり木を買って来て、それを半分に切断し、上部と下部に箱巣を挟むように籠に取り付ける方法を考え出した。
箱巣を入れた翌日から、ハツとナンは箱巣が気に入ったようで中に頻繁に入るようになった。
それではと、用意してあった巣草を籠に取り付けると、ハツは早速、箱巣の中に運んでいる。
意外とハツは良い父親に成りそうだ。ところが、もう片方の夫婦のハクとトンは用心して中々、箱巣に入ろうとしない。
白河の実家で少しは慣れている筈なのに、警戒して入ろうとしない。
短絡的思考の持ち主のハクが、真っ先に入ると予想していたのに見事に裏切られた。
当然、飼主としては何らかの対策を考えなければならない。
青米を入口辺りに撒いたり、粟穂の一房を入れたりして勧誘する。
結局は、トンが入るようになった事でハクも入るようになった。
この入居するまでの数日のずれが、後々大きな影響を及ぼすとは、その時は到底考えられなかった。
箱巣を気に入った王后達は、しょっちゅう入っている。
世間では、冷夏冷夏と騒いでいるが、文鳥の世継を求める飼主にとっては、有り難い気候だった。
1週間後、日本全体が盆休みからの眠りから覚めた日と共に王朝の産卵ラッシュが始まった。
18日の夕食を済ませてテレビを見ながら何気なく籠を見ると、ハツとナンの籠の底に白い花みたいな物が落ちている。
何だ?子供が何か入れたのか?よくよく見るとそれは、箱巣から落ちて割れた卵だった。
王朝初の卵が落ちて割れているなんて、何と言うことだ。そして何と縁起が悪い事だ。
幸先の悪いスタートに嫌な予感がしたが、当事者の夫婦は、けろっとしている。
お前等が犯人だろうと言っても、どうする事も出来ない。次回に期待するしかない。
翌日19日もナンは産卵した。そして、中一日置いて21日・22日・24日・25日・26日と5個の卵を産んでくれた。
割卵したのまで含めると合計7個の卵を産んだ事になる。
こうなると、トンも負けてはいない。24日から28日まで毎日1個づつ、合計5個の卵を産んでくれた。
王朝として合計11個の卵が産まれた事になる。さ〜ていよいよだ。
いつ卵が産まれるかとヤキモキしながら、粟玉を与えたりして、早く産め早く産めとそわそわと待つというシーンを想像していたのに、
こんなにあっさり卵が産まれてしまったので、これはやはり、箱巣に影響されて思わず産んでしまった卵ではないかという気がしてならなかった。
(これも、杞憂に終わる)
これが全部、無性卵だったら寂しいなと思いながら、抱卵を開始している文鳥達に期待するしかなかった。
飼主は、王朝のスーパーエロ文鳥の実力を見くびっていたのだった。
冷夏といえども、全てが涼しかったわけではない。勿論、汗だくになってしまう猛暑の日もあった。
そんな日でも、交尾に励んでいた王朝の夫婦の実力は、若さの一言で済むものではなかった。
この文鳥たちと飼主の間に、絶大な信頼関係があるのかどうかは文鳥に訊かないと判らないけど、
卵の写真を撮らせてくれるということは、悪い間柄ではないと思う。
雛が孵ったら写真を撮らせてくれるかな?