第16回鑑賞ツアー 岡崎アート散策
「選んで、計画して、ギャラリー巡り & カフェで一服」
 


参加者の感想
── 三好曠さん ──

“目の見えない人”が本音で生き様の悩み等を語っていたので、いろ いろと考えさせられた。貴重で豊かな初体験であった。
画廊のオーナーや作家の真摯な対応に時代の力を感じた。


── 久永尚子さん ──

「選んで、計画して、ギャラリー巡り&カフェで一服」の企画に興味を持って、 堺市からガイドさんと、初参加をさせていただきました、久永尚子です。
お蔭様でとても心豊かな一日を過ごさせていただき、感謝しています♪

私は日野さんとのグループとなり、C(ギャラリー青い風)・D(ギャラリー東山)・E(ギャラリーはねうさぎ)を希望したところ、受け入れていただき、早速go!スタート!

おそらくオリエンテーションでの”4つのしない”のルールも忘れて、兎に角、鑑賞を始めました。
久しぶりの美術鑑賞に感動の連続でした。

C(ギャラリー青い風)では、作品に立体感があるのに岩や砂を画材に使用されていることにビックりしたり、 繊細な水彩画に友禅の雰囲気を感じたり、直接作家さんとの会話も出来、最高でした。

E(ギャラリーはねうさぎ)では、静物、次に動くものが被写体だけに実に面白く、最後のコーナーでは、 SFの世界を堪能させていただきました。

D(ギャラリー東山)は、作家が作品作り、mm(ミリ)の世界に感動、残念ながらルーペを片手に、 私の視覚では確認できず、日野さん、ガイドさんの説明で納得できました。
手塚治虫さんが生きておられたら、作家同士お話が弾んだことでしょう!

3箇所を巡り、素敵なカフェで一休み、私の稚拙な感想を述べたり、自己紹介を したりで、お互いの理解を少なからず深めることが出来たように思います。

また機会がありましたら参加をさせていただきます。
企画をいただきましたビュースタッフの皆様、ボランティアの皆様方に 心からお礼を申し上げます。


── 川村久美子さん ──

昨日はお世話になりありがとうございます。
自由に選べるスタイルは気楽に楽しめてよかったです。
でも、他のグループの感想などがうかがえなかったのは 残念です。
いつもながらうまく説明できない後悔は残りましたが、 やさしく博識な宮沢さん、感性が光る中村さんのお陰で 充実した時間がすごせました。
福田さんの絵の鳥の説明をして宮沢さんが「それは ジョウビタキですね。」と教えてくださったのは感動でした。
宮沢さんは青い風での白井さんの原生林の四季の作品 が林の中にいるようでよかったとおっしゃってました。
それらの絵の場所(滋賀県朽木)のことをよくご存知の ようでした。
紙の昆虫たちもよかったし、みんなで食べたコロッケも おいしかったし、お得な気分で帰途につくことができました。


── 光島貴之さん ──
(光島さんのブログ「窓を少し開けて」より引用しています。)

お知らせでも案内していた、ビューの鑑賞ツアーが終わりました。
今回は、ぼくのわがままを聞いてもらい、ギャラリー巡りができた。

いつもは、鑑賞する絵を点図にしてもらっているが、今回は、代わりに近美周辺の点図の地図を作ってもらった。
かなりいいできだ。言葉によるアクセスマップ作りで、歩き回った街だが、 こうして点図の地図を触っていると、改めて街が自分の中に入り込んできたのを実感した。
言葉で書くと永遠と続く道だが、A4の点字用紙1枚でこれだけの情報が提供できるのだ。
図というのは、すばらしいものだ。

今回のぼくのチームは、Tさんという美術系大学を出た女性と、 Iさんという、「どちらかというと美術には興味がない」という変な自己紹介をした女性(この謎は後に解ける)と、3人で行動した。
まず、どこに行きたいかを話し合って出発。

ぼくは、どうしても近美でやっている日本画の「福田平八郎展」でいくつかの作品を鑑賞したいと思っていた。
なぜなら、1週間ほど前にやってきた患者さんがこの「福田平八郎展」の話をしていたからだ。
もう古くからのお付き合いで、20年ぐらい鍼をさせてもらっている。
80になる女性だが、美術やクラシック音楽に詳しい。
特に『水』と、瓦を描いている『雨』という作品は、日本画を飛び越えたような作品だと言っていた。

それで今回ぜひその作品をビューしてみたくなったのだ。
風景画ではなく、瓦とか水そのものに迫る描き方は、何かぼくの感性にも通じるようだ。
というか、ぼくも改めてこういう描き方をしてみたいと思った。
後からみたピンホール写真は、広角でものを捕らえているようだが、その対局に位置する描き方なのだろう。
とにかく患者さん、今日の2人と合わせて3人から絵を説明してもらったことになる。
年齢層も幅広く、だからこそ伝わってくるものがあったように思う。

鍼をしながら聞いた話は、それなりにぼくの直感を突き動かした。
しかし、絵を前にした対話は、子どもの頃、2階の子ども部屋から瓦屋根におそるおそる足を下ろして太陽のぬくもりを感じたあの幸せな気分を思い出させてくれた。
たぶんぼくの一人勝手な絵の解釈は、まだぬくもりのある瓦屋根に雨がポツリ、ポツリと降り始めたときの印象なのではないだろうか。

美術館を出て、疎水沿いにギャラリー16へ。
ここでの内容は省くが、作家もおられてコンセプトなどを聞けた。ギャラリーならではの醍醐味だ。
続いてはねうさぎへ。
じつは、この間からやっていた「ネットで展覧会」を見てくれたオーナーから、ぜひ9月に個展をやりましょうという声を掛けてもらっていた。挨拶も兼ねての訪問となった。

ここは、二部屋ともピンホールの作品展だった。
写真を前にして、3人の会話が始まった。
Tさんは、魚眼レンズのようですねという。
「広角で視野が広いんですね」と、ぼく。

「写真の中心になっているところは?」と聞いてみる。
「中心はあるんですが、そこからの広がり具合が独得です」とTさん。
「ううん。難しいな」と、ぼくは、少し困惑する。

そのときIさんが、
「なんて言うか、シャーって感じ」
思わずオノマトペを口にしてしまったIさん。
「しまった!」という感じが伝わってきた。
しかし、ぼくはその瞬間「わかった」という感じになった。

この擬音語・擬態語というのはなかなか効果的だ。
しかし、あくまでもライブ感のあるときにだけ有効なように思う。

最後は、近くのカフェでコーヒーを飲みながら、感想を話し合った。
Tさんは、大学時代にギャラリー巡りをしていたときのことを思いだして、血が騒いできたと言っていた。
Iさんは、代表の阿部さんの友人で、何となく誘われるままに参加したのがきっかけでビューの鑑賞がやみつきになったと言っていた。
「特に美術には興味はないけれど、みんなでおしゃべりしながらダンダンその世界に入り込んでいく。一人ではけっして見ないだろう世界を見ることが楽しい」と言う。こういう人もいるんだなぁと初めて知った。
ビューに来る以上、何かしら美術に興味がないと無理だろうと思っていたのだ。

そこでさらに謎が解けた。
最近、阿部さんが書いているビューについての文章を読ませてもらう機会があった。
「美術に関心のある人もない人も」という表現がよく出てくる。
「えっ! 興味のない人にも鑑賞してもらうの?」と、ぼくはとても懐疑的になっていたのだ。
それが今日のIさんの言葉で謎が解けたような気がした。
美術にまったく興味のない人にも、ビューの間口は開いておく必要があるのだ。
コミュニケーションに関心のある人なら、だいじょうぶだということだ。
では、しゃべるのが苦手な人はどう?
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