|
ミュージアムアクセスビューは、2022年8月をもって解散いたしました。20年という長い間、ほんとうにありがとうございました。詳細はこちらをご覧下さい。 |
これまでの鑑賞ツアーに参加していただいた方から寄せられた感想のコーナーです。ガイドをする側、受ける側、それぞれの思いが述べられています。 その中で発見する新しい感動、心のふれ合い、これがミュージアム・アクセス・ビューの神髄です。 |
昼下がりの美術館 | 光島貴之 |
| |
地下ホームから乗った電車はいつの間にか地上に出ている。 ホームに降りると、緑の匂いが漂ってきた。 待ち合わせた人の腕はひんやりとしている。 坂道を昇っていくと、ウグイスも泣いている。風も気持ちいい。 砂利道にさしかかると、水の流れる音が涼しげだ。 地下深く降りていく階段。 ひんやりした空気。 だんだん人の話し声が反響し始める。 ああ、イヤな感じだ! 自分の居場所が不安になってくる。 しかし、もう少し降りると、床が絨毯になっていた。反響は静まった。 シーンとした美術館らしい空間が開ける。 握っている腕と僕の手のひらとの境目があいまいになっている。 僕の好きな作家の絵の前に進む。 「これは難しいなあ!」 といいながらひんやりした腕の持ち主がしゃべり始める。 背の高さほどの画面。 横幅は、70センチぐらい。上下にそれぞれ12のメモリが書いてある。 上のメモリの少し下に頭の輪郭のようなラインがある。 それに向かう矢印には、headと書いてある。 下の方のメモリに近いところのラインには、footと書いてある」 画面にはいろんな書き込みが英語で書かれている。 「boy」「flower」「mountain」……。 ことばは、空間を上がったり、下がったり、 僕の脳みそに着地できたのもあれば、 ふわふわと天井にへばり着いてしまったり、 白い杖の上を滑り落ちたのもあった。 そして、荒川修作の『セルフポートレイト』のイメージが 僕の頭の中でふくらんでいく。 絵と、僕とひんやりした腕の持ち主との位置関係がハッキリしてきて、 不安は消えていた。 帰り道、今聞いた絵をもう一度見たくなった。 |
※解散ということになりますので、以後は「ミュージアム・アクセス・ビュー」の団体名で活動することはありません。今後もし「ミュージアム・アクセス・ビュー」の団体名で活動が行われることがあったとしても、その団体や活動は当団体とは一切関係のないものです。どうかその旨をご理解くださり、ご対応くださいますようお願いいたします。 2022年8月 |