「―――で? 当面の問題は衣服だったよね?」
アスランが選んできた服に袖を通しながら、キラは疲れたように言った。
キラの眉間には思いっきり皺が寄っているが、そんなことには少しも気付かずに
アスランは笑顔で答えた。
「あぁ。だから今こうして服屋に来ているんだと思うが。」
「いや、そうじゃないんだ。問題はそれじゃなくて……!」
「だったら何なんだ? ―――あ! キラ、あれなんか似合うんじゃないか?」
そう言ってアスランは、ろくにキラの話も聞かずにまた陳列棚へと戻っていく。
アスランが次々見繕って持ってくる服は、キラの前に山を作っていた。
選んでくる服もそれなりにキラに似合っていた。
しかし。
「……どう考えてもこんなにいらないだろ。というよりも、僕の服より自分の服を選べっての。」
―――問題はアスラン本体だ。
キラは密かにそう思ったが、口には出さずに留めておく。

ちなみに、アスランは自分の服を一着も選んでいない。
完全にアスランの着せ替え人形と化したキラは、うんざりとした表情で店員にいくつかの衣服を渡し、今度はアスランの服を選ぶべく棚へ向かった。


暫く。


試着室から出て来たアスランを見たキラは思わず店内を見回す。
そして、誰もこちらを見ていないのを確認してからアスランに話しかけた。
「アスラン、僕達今から他人ね? 」
「は?」
「もしくは、もう着替えないで軍服のままでいてよ。」
「何で。」
「幼馴染の服のセンスがちょっとくらいズレていた所で、僕はどうこう
言う気は全くないんだけど、ハッキリキッパリ一言で表すとその服はいい男台無し。

君の服のセンスは昔から理解できない。
僕に着せる服のセンスは普通なのに、どうして自分の物ではこうもがらりと変わってしまうのだろうか。
キラは疲れたように息を吐いた後、アスランをビシッと指差した。
「幼馴染兼親友として忠告する。もうちょっと服選びに気を使え。」
「興味ないな。飾りたてなきゃならないほど容姿に不自由はしてないし。
「うわー。そういうのを自意識過剰という……。」
確かにどんなにおかしい組み合わせでどんなにおかしい服を着ていようと、
アスランはもともとの素材がいいだけに不自然さは感じない。
それがまた幼馴染の怒りを煽っていることはアスラン本人も知らないのだろうが。
「うるさい。ならキラが選べばいいだろう?」
「何で僕が選ばなくちゃならないのさ。大体、さっき僕の選んだ服をキッチリ却下しておいてその言い草はないだろ。」

……というより、キラがイラついているのは、そこだった。

「いっそのこと、もう一生軍服のままでいれば?」
「それをすると困るからここに来ているんだと思うが?」
「確かに。」
大仰に頷くキラを見てアスランはまた溜め息をついた。
それを見たキラの機嫌はまた急降下。怒りのパラメータ急上昇。
「溜め息吐くな! 誰のために言ってると思ってるんだよ?!」
「怒鳴るな喚くな迷惑だ!」
「うるさいっ。君のせいだ! 君が悪いっ! いや、正確には君の服のセンスが悪い!!」
「はぁぁぁ? キラだって昔っから人の事言えないくらいネーミングセンス最悪だったじゃないか!」
「過ぎた話を出すなデコッぱち!!
「言ったな! このチビッ!
相手の怒りのツボをこれでもかと抉るこの発言。
さすが親友。腐っても親友。
二人の感情はしっかり相手に共鳴して悪化の一途を辿る。
無言で睨み合うアスランとキラの間には火花が散っていた。

そして、二人の間に流れる雰囲気が最悪の極みに達したとき、キラは低い声で言った。
「そろそろこの辺で決着をつけておいた方がよさそうだねアスラン?」
「みたいだな。」
アスランは口元に笑みすらうかべて答えた。
もちろんこめかみのあたりは怒りでヒクついているが……。
「表に出なよ。」
「やるのか?」
「もちろん。」
「まぁいい。受けてやるよ。」
歩きながら会話を交わし、二人は店の前の大広場で対峙した。
「勝ったらアスラン一日僕の下僕ね?」
「お前が俺に勝てるとでも?」
「やってみなきゃわからないだろ? 君こそ後でほえ面かかないように頑張りなよ?」
「はっ! 誰に言ってるんだか。」
「そういうセリフは勝ってからにしなって!!」

先手必勝。
キラはアスランに飛びかかった。
しかし、アスランとて素直にくらうタマではない。
半身になってキラの蹴りを避け、反動で拳を前に突き出す。
キラもそれを見切って後ろへと飛び退り、距離をとって体勢を整えた。

そして、再び二人は相手に向かう。

修羅場と化した大広場。追いかけてきた店員はおろおろするばかり。
気が付くと二人の周りには人だかりが出来ていた。

そんな中でパチパチという拍手が聞こえ、一人の男が顔を出した。

「いやぁ、兄ちゃん達、強いねぇ! 俺も混ぜてくれや。」
そういって喧嘩に割り込んでくる男の拳が二人を捕らえるより先に、

『うるさい』

相手へと放つはずだったキラの拳が方向を変え、男の顔を直撃する。
仕上げに男の巨体が宙に浮くタイミングを見計らって飛び上がったアスランが
踵落としを食らわせた。

ドサリ。

まさに瞬殺。
地面に叩き落され、ぴくりとも動かない男は気絶したようだった。
あまりの手ごたえのなさに、キラは顔を歪ませた。
「弱ぁ………消えて?
邪魔だ。
二人が男の巨体を蹴っ飛ばしたのを合図に、勝負は再開された。

次々と繰り出される技と技のぶつかり合い。
しばらくは蹴り、拳の応酬が続いたが、焦れたキラが一気に勝負に出た。

「!?」

残る残像に翻弄されたアスランの動きが一瞬キラに遅れをとる。
その一瞬を利用してキラがアスランから突き出された拳を逆に捕らえ、
そのままアスランを投げた。
「ちっ!」
とっさに受身を取ったものの、形勢は明らかにアスランに不利。
アスランが立ち上がる前に蹴りを二、三発くらわし、
間髪入れずに飛んでくる拳を避けつつ、振り向きざまの裏拳。
完璧にアスランの隙を狙った。
しかし、驚いた表情をするかと思ったアスランは予想に反して口元に笑みを浮かべていた。
(ヤバイ!!)
キラはとっさに危険を感じ取り、襲い来る拳を避け、距離をとろうとした。
が。
「甘いな。」
そう言ってアスランは突き出した拳を止め、回し蹴りを放つ。
そして体勢を崩したキラの腹にもう一度拳を打ち込んだ。

キラの悔しそうな顔が目に入る。
「俺の……勝ちだ。」
満足そうに呟きながらアスランは崩れ落ちるキラの体を抱きとめて、再び店に向かった。




「コイツがさっき渡しておいた服と、あと何着か適当に服を見繕って入れてくれ。
支払いはアースダラーで。」
「かっ! かしこまりました!!」
慌しく店員が服を詰め込んでいる横でアスランは気を失っているキラの髪を梳いた。
「これからどこへ行こうか。お前が目覚めたら、またうるさいんだろうな。」
仕方ないなというように笑うアスランの瞳は、見たこともないくらい優しかった。
しかしそれを眠るキラが見ることはない。

お待たせいたしましたと差し出される袋を受け取って、アスランは何枚かの紙幣を渡した。
一枚だけでも明らかに代金を上回る、巨額の紙幣。
「お客様……これは―――」
「騒がせた侘び。釣りはいらない。……ただし誰かに俺たちのことを訊かれても一切話すな。」
アスランの瞳が剣呑な光を帯びるのを見て、店員は無言で頷いた。





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