山田詠美「蝉」の授業



.□ 第3章 □.

 「蝉」の授業は全5時限の取り組みである。テキストには単行本『晩年の子供」収載本文を用いている。導入の段階で、この作品が教科書教材の候補にあげられながらも不採用となったこと、その一方で(次に取り組む教材である)芥川龍之介「羅生門」が私の高1時代から既に「定番」化していたことに触れて、範読による全文通読に入っていった。ここでは、全文通読の後に生徒たちが提出した初発感想を取り上げ、続く第4章で「蝉」の授業のポイントとなる事柄について述べていくことにする。

 彼らの初発感想は、全員のものを一覧できるようプリント化して、次時限のはじめに配布した(同じものを以下に掲出するが、いま生徒氏名は省略に従う。また、表記および表現はすべて原文のままである)。

【初発感想A群】
(1)何がいいたいのかよくわからなかったので、先生が教えにくいという意味がわかったような気がする。
(2)この話が小学校などで使われなかったのは、どうして弟ができたのか、そのでき方を生徒にきかれたくなかったからだと思う。
(3)僕は、何故この作品がダメなのかわからなかった。別に教えられないものではないと思った。
(4)僕は、この作品は教科書の候補になって、選ばれなかったけど、別に教えられない内容でもないような気がした。
(5)この小説を読んで思ったことは、なぜこの小説が教科書にのせられなかったのかと、読みながら思っていた。

【初発感想B群】
(1)僕がこの小説を読んで思ったことは、中途半ぱな終わり方をしていたなあと思ったことでした。
(2)最後はもっとすごいことになって終わるんやと思ってたのに、 けっこうふつうで終わったのでがっかりした。本当に殺すとかいろいろ……。
(3)蝉と真実が物語を通してどういうふうに結びつくかが楽しみだったが意外とあっさり終わった。こういう授業も面白いと思った。
(4)僕は最初「蝉」という題にとまどった。読んでみたら細かな心理描写が気に入った。読んでいるだけでその人の心情がわかるいい作品だと思う。
(5)作者の幼い頃の感覚と、出来事に対するショックが読み続けていてよく伝わってきた。小学四年生の女の子にしてはこわいことを考えるなあと思った。

【初発感想C群】
(1)ぼくは蝉を読んで、もし人に子供ができるのはなぜかと聞かれたら困る。ぼくはきっと答えられないと思う。
(2)真実の友達はませていると思う。僕は小学生の頃、結婚したら子供が出来ると思っていた。
(3)僕は男だからよく解らないけど、女の子がああいうことを知ったらショックを受けることは解った気がする。

 この作品の教材としての適否について述べたものの中には、感想A−(1)・(2)のごとく私の説明を誤解しているものもあったが、概ね感想A−(3)・(4)・(5)といったところに落ち着くと思われる。感想B−(1)・(2)・(3)や感想B−(4)・(5)は、この作品の特徴についてそれぞれ別の観点から伝えていよう。また、感想A−(2)と感想C−(1)・(2)・(3)は、例の「セックスにまつわる内容表現」に関わる言及である。

 ところで、表題が端的に示すように、この作品においては「蝉」が全篇の主題にからむ重要な要素となっている。次にあげる感想D−(1)・(2)・(3)・(4)・(5)は、この作品の中で「蝉」と対比(あるいは類比)されている対象について言及したものである。

【初発感想D群】
(1)死というものがやけに身近に感じれた。この文章では人間と蝉が同じように書かれていた。あまりわからなかった。
(2)蝉のおなかと母のおなかを対比してる難しい作品だと思う。
(3)蝉のおなかと私の空虚な気持ちを対比させてることを感じた。
(4)蝉という虫が、弟としてや自分としてなど、様々なものにたとえられてあり、夏になればふつうに見られる虫に、よくあれほど様々なことがおりこめるなあと思いました。
(5)蝉のおなかの空洞と人の頭の中がいっしょに思えた。それは、両方とも中にどんなものがつまっているかわからないからだ。

 このほか、主人公(岡田真実)に対する共感、あるいは違和感や反撥を書き記した初発感想は以下にあげる通りである。中でも、とりわけ多かったのは主人公が弟に対して抱いた感情に触れたものであった。おそらく彼らにとっては比較的身近で実感しやすい事柄だったからであろうが、それでもなお、同じ弟(あるいは妹)を持つ身でさえ、感想E−(1)・(2)・(3)と感想E−(9)・(10)とでは全く対照的な実感を語っているのが面白い。ついでながら付言しておくと、感想E−(4)・(5)・(6)は弟である身の弁、感想E−(7)・(8)は一人っ子の弁である。

【初発感想E群】
(1)こういうことが自分にもあったかもしれないと思う。僕にも五つ下の弟がいるし、小さいころ多分こういうこと思っただろうなあと思った。
(2)ぼくには二つ年下の弟がいて、何かしゃべってもむかつくこととかもあるから、真実の弟に対する気持ちがわかる。
(3)僕は昔のことを思い出しました。それは弟に対するジェラシーです。夜ねるときによく泣いていたのを思い出しました。ちょっと暖かくなりました。
(4)ぼくは兄しかいないのでこういう経験がなかった。この話を読んで、ぼくに弟がいたなら多分こんなふうにぼくもなってたと思う。
(5)自分の家もこの話と同じ姉弟構成なので、もしかしたら真実に似たようなことを姉が思っていたかもしれません。
(6)ぼくは末っ子なので、真実のような気持ちになったことはな いけど、こういう経験をしたことはいいことだと思った。
(7)僕は自分に弟や妹がいないから真実の気持ちはわからないけど、もし自分が真実の立場なら同じようなことをしたと思う。
(8)僕は一人っ子だからようわからんけど、やっぱり一番下の子供がかわいがられるのかなと思いました。
(9)ぼくはこの話を読んで弟が生まれたころのことを思い出しま した。ぼくのときは真実みたいなことはぜんぜん思いませんでした。
(10)ぼくは一番上だが下に兄弟ができたとき、こうは思わなかっ た。真実をこういう気持ちにさせたのは、この親が悪かったのだと思った。
(11)この話を読んで思ったことは、親というものは二人子供がいたら二人とも同じようにかわいがってやらないといけない。
(12)自分に弟や妹が出来て母親が下の子供ばかりかわいがるというのはよく聞く話だけど、親にしてみれば自分の子供は上の子や下の子も関係なくかわいいものだから真実も心配することはないと思う。

【初発感想F群】
(1)確かに夏という季節はとても暖かくうっとうしい季節だ。だれかを死ねばいいという気持ちに僕もなると思う。
(2)この真実の気持ちはよくわかる。あまりに暇で周りがうっとうしくなる。自分もたまにあるので結構おもしろかった。
(3)この話を読んだら自分にも似たようなことがだいぶん昔にあったような気がする。暑い日々、たいくつな毎日、休みでもうれしくなくて毎日いらついた。気持ちがわかるので面白かった。
(4)僕も、嫌なやつは死ねばいいと思ったことはあるけど、この話ではみんな死ねと思っているからよっぽどだと思う。
(5)退屈も蝉がうるさいと感じたこともある。しかし、苛立ったくらいで「死んでしまえ」と思うとは恐ろしいと思った。
(6)真実が弟に対して腹をたてる気持ちはよくわかる。しかし死んじゃえとまで思うのは少し異常だと思う。
(7)ふだんでも「死ね」という言葉をよく使ったりするけど、そう簡単に「死ね」という言葉を使うのはよくないということをこの話で思った。

【初発感想G群】
(1)まだ小さい子供なのに大人のような感じがする。ちびまるこちゃんを思い出した。そっくりだ。面白い物語だった。
(2)ぼくがこの話を読んで思ったことは、むちゃくちゃすごい小学四年生だなあと思った。ぼくが小学四年生の時には考えられないくらいにすごいと思った。
(3)ぼくが思ったのは、真実は神経質でいんけんだということです。小学四年生でそこまで思いつめるほどの頭があるわけがない。
(4)たかが蝉の音くらいでいらいらするのはよっぽど短気だと思う。よっぽどストレスがたまっていたに違いない。
(5)僕がこの小説を読んで思ったことは、ここに出てくる女の子は神経質で、いろんなことを最後まで追求してしまう人だと思った。
(6)主人公の真実が人をうらんだりするのが多いことに注目した。 自己中心的な女の子だと思う。
(7)この真実という女の子は、とてもわがままで、世界は自分中心に回っていると思うくらい、いやなやつだ。

 感想G−(1)・(2)には、主人公の小学四年生らしからぬ自意識が感得されている。感想F−(1)・(2)・(3)に記された主人公の退屈や苛立ちへの共感は、感想F−(4)・(5)・(6)にも通底する。ただし、後者が共感を表明しつつも、主人公の反応の尋常でない点に触れていることは、授業の1つの足がかりとなるだろう。



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