伊東静雄「反響」 有明海の思ひ出 馬車は遠く光のなかを驅け去り 私はひとりで岸邊に殘る 既に海波は天の彼方に 最後の一滴までたぎり墜ち了り 沈默な合唱をかしこにしてゐる 月光の窓の戀人 くさむら 叢にゐる犬 谷々に鳴る小川……の歌は 無限な泥海の輝き返るなかを 縫ひながら 私の岸に辿りつくよすがはない それらの氣配にならぬ歌の うち顫ひちらちらとする 緑の島のあたりに 遙かにわたしは目を放つ いざな 夢みつつ誘はれつつ 如何にしばしば少年等は すべりいた 各自の小さい滑板にのり か 彼の島を目指して滑り行つただらう あゝ わが祖父の物語! 泥海ふかく溺れた兒らは 透明に 透明に ヽ ヽ ヽ ヽ 無數なしやつぱに化身をしたと
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