伊東静雄「反響」 病院の患者の歌 あの大へん見はらしのきいた山腹にある はなれ 友人の離室などで 自分の肺病を癒さうとしたのは私の不明だつた 友人といふものはあれは私の生きてゐる亡父だ あそこには計畫だけがあつて 訓練が缺けてゐた 今度の私のは入つた町なかの病院に 來て見給へ 深遠な書物の樣なあそこでのやうに 景色を自分で截り取る苦勞が だいいち私にはまぬかれる そして きまつた散歩時間がある 狹い中庭にコースが一目でわかる樣 稻妻やいろいろな平假名やの形になつてゐる 思ひかけず接近する彎曲路で へりくだ 他の患者と微笑を交はすのは遜つた樂しみだ その散歩時間の始めと終りを 病院は患者に知らせる仕掛として――振鈴などの代りに 俳優のやうにうまくしつけた犬を鳴かせる そして私たちは小氣味よく知つてゐる (僕らはあの犬のために散歩に出てやる)と あんなに執念く私の睡眠の邪魔をした 時計はこの病院にはないのかつて? あるよ あるにはあるが使用法がまるで違ふ 私は獨木舟にのり獵銃をさげて その十二個のどの島にでも 隨時ずゐ意に上陸出來るようになつてゐる |
BACK
NEXT [伊東静雄] [文車目次] |