伊東静雄「反響」
小さな手帖から


    野の夜

 
 五月の闇のくらい野を
 
 わが歩みは
 
 迷ふこともなくしづかに辿る
                 みち
 踏みなれた野の徑を
 
 小さい石橋の下で
 
 横ぎつてざわめく小川
 
 なかばは草におほはれて
 
 ―その茂みもいまはただの闇だが
 
 水は仄かにひかり
           よ
 眞直ぐに夜のなかを流れる
 
 歩みをとめて石を投げる
 
 いつもするわが挨拶
 
 だが今夜はためらふ
 
 ながれの底に幾つもの星の數
 
 なにを考へてあるいてゐたのか
 
 野の空の星をわが目は見てゐなかつた
 
 あゝ今夜水の面はにぎやかだ
 
 螢までがもう幼くあそんでゐて
 
 星の影にまじつて
 
 搖れる光も
 
 うごく星のやう
 
 こんな景色を見入る自分を
 
 どう解いていゝかもわからずに
 
 しばらくそこに
         よ              しやが
 五月の夜のくらい水べに踞んでゐた




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