伊東静雄「反響」 詩作の後 最後の筆を投げ出すと そのまゝ書きものの上に からだ 體をふせる 動悸が山を下つて平地に踏み入る人の 足どりのやうに 平調を取り戻さうとして 却つて不安にうちつづける 窓を開け放つた明るい室内に いつの間にか電燈が來てゐる 目はまだ何ものかを 見究めようとする強さの名殘にかがやきながら 意味もなくそれを見てゐるうちに 瞳は内なる調和に促されて いつか虚ろになつて 頭腦を孤獨な陶醉が襲つてくる 庭一杯に茂り合つた かさな いろんな植物のずんだ葉の重りや いろどり 花の色彩が 緻密畫のやうに鮮やかに 小さく遠のいてうつる やがて夜の昆蟲のむれが この窓をめがけて にぎやかに飛び込んで來るだらう 瞼がしづかに垂れる 向うの灌漑池では あのすこやかに枯れきつたいつもの老農夫が 今日も水浴をしてゐる頃だらうか 濃いい樹影が水に浸るやうに 睡りにふかく沈んでゆく |
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