伊東静雄「反響」
わが家はいよいよ小さし


    羨望


 
 晝寢からゆり起されて客を見にいつたら
 
 年少の友人が獨り坐つてゐた
 
 みやげだと言つて貝殼や海の石をとり出して
 
 かれの語るのをきくと
 
 或る島から昨日歸つて來たのであつた
 
 「自炊と海水浴で
 
 勉強は何にもできませんでした」
 
 勉強といふのは――かれは受驗生であつた
 
 「また 勉強してゐると
 
 裏山で蝉がじつにひどく鳴き立てて
 
 ――蝉は夜明から 夜ふけにも鳴くのですね――
 
 時にはあまりの事に木刀をひつ提げて
 
 窓からとび出して行つた程でした」
 
 この劍道二段の受驗生は
 
 また詩人志望者でもあつたので
                からか
 わたしはすこし揶揄ひたくなつた
 
 「蝉の聲がやかましいやうでは
 
 所詮日本の詩人にはなれまいよ」
          ど
 といふと何うとつたのか
 
 かれはみるみる赤い羞しげな表情になつて
 
 「でも――それが迚も耐らないものなのです」
 
 とひとりごとのやうに言つた
 
 そのいひ方には一種の感じがあつた
 
 わたしは不思議なほど素直に
 
 ――それは 迚も耐らないものだつたらう
 
 しんからさう思へてきた
 
 そして 譯のわからぬうらやましい心持で
 
 この若い友の顏をながめた



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