伊東静雄「反響」 早春 風がそこいらを往つたり來たりする。 すると古い、褐色の、ささくれた孟宗の葉は、 ざわ 一頻に騷めかうと氣負うてみるが、 ひつそり後はつづかない。 もと 犬は毛並に光澤があり、何も覓めてゐない癖に、 草の根かたなど必ず鼻先をもつてゆく。 が忽ちその氣紛れが、馬鹿らしく、 あちらの方へ行つて仕舞ふ。 あきち 梨? 桃? 藪の空地に、それは何の花か、知らない。 早過ぎた憐れな白い花を見て、 ひとはふつと自分のすごして來た歳月に、 在る氣懸りな思ひが、してくる。 かげ 空は一面うそ寒く、陰つてゐるのだが、 ありか 誰も太陽の在處を氣にしない。 ただ、樹々に隱された小道のうへの、水溜りが、 不思議な空氣の明るさの鏡。 |
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