北原白秋
 

「邪宗門」より

  
 接吻の時




  くれがた
 暮方の、
 
 日のあさあけか、
 
 昼か、はた、
         や は
 ゆめの夜半ににか。
 

                                     めくるめく
 そはえもわかぬ、燃えわたる若き命の眩暈、
      おびえ   くちづけ          ふる
 赤き震慄の接吻にひたと身顫ふ一刹那。
 

                 たいげつ
 あな、見よ、青き大月は西よりのぼり、
              ぎやくや  はて ふるひ
 あなや、また瘧病む終の顫して
 
 東へ落つる日の光、
 
 大空に星はなげかひ、
     めし    みづも     くすりが
 青く盲ひし水面には薬香にほふ。
 

                         の べ               ひ から
 あはれ、また、わが立つ野辺の草は皆色に干乾び、
                かばね  よ
 折り伏せる人の骸の夜のうめき、
 ひとだまいろ
 人霊色の
                         ひきうた
 木の列は、あなや、わが挽歌うたふ。
 

                          のうにん
 かくて、あや落穂ひろひの農人が寒き瞳よ。
 よろこび
 歓楽の穂のひとつだに残さじと、
                  かま  は
 はた、刈り入るる鎌の刃の痛き光よ。
            けもの
 野のすゑに獣らわえらひ、
       す
 血の饐えて汽車鳴き過ぐる。
 

 
 あなあはれ、あなあはれ、
              たましひ                   のろひ
 二人がほかの霊のありとあらゆるその呪詛。
 

  あさがほ
 朝顔か、
      くれがた
 死の暮方か、
             あ
 昼か、なほ生れもせぬ日か、
 
 はた、いづれともあらばあれ。
 

                 くちびる
 われら知る、赤き唇。



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