北原白秋
 

「東京景物詩」より

  
 公園の薄暮




 
 ほの青き銀色の空気に、
          ふきあげ
 そことなく噴水の水はしたたり、
 うすあかり
 薄明ややしばしさまかへぬほど、
            ボ     ア
 ふくらなる羽毛頚巻のいろなやましく女ゆきかふ。

                  しめ
 つつましき枯草の湿るにほひよ……
  まるがた           だえん
 円形に、あるいは楕円に、
  かぎ     その                      もや
 劃られし園の配置の黄にほめき、靄に三つ四つ
    うす      アクアとう
 色淡き紫の狐燈したしげに光うるほう。

 
 春はなほ見えねども、園のこころに、
         ぢんちやう     つぼみ
 いと甘き沈丁の苦き莟の
                           ガ ス   うすぎ
 刺すがごとき沁みたりき、瓦斯の薄黄は
           たましひ
 身を投げし霊のゆめのごと水のほとりに。

 
 暮れかぬる電車のきしり……
  しを              しゆうだうめ
 凋れたる調和にぞ修道女の一人消え去り、
  さばき       こうそいん   る す い        あかり
 裁判はてし控訴院に留守居らの点す燈は
          がらす     ヒ ス テ リ イ
 疲れたる硝子より弊私的里の瞳を放つ。

 
 いづこかにかすずろげる春の暗示よ……
  ものかげ                         かぎ
 陰影のそこここに、やや強く光り劃りて
          アクアとう          なげ
 息ふかき狐燈枯草の園に歎けば、
  おもき
 面黄なる病児幽かに照らされて迷ひわずらふ。

 おぼろ
 朧げのつつましき匂のそらに、
      たへ            ふきあげ  といき
 なお妙にしだれつつ噴水の吐息したたり、
       つきかげ
 新しき月光の沈丁に沁みも冷ゆれば
                  ぎんてき
 官能の薄らあかり銀笛の夜とぞなりぬる。



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