大手拓次
『藍色の蟇』

風のなかに巣をくふ小鳥

  
  夢をうむ五月


  こ
 粉をふいたやうな みづみづとしたみどりの葉つぱ、
 
 あをぎりであり、かへでであり、さくらであり、
 
 やなぎであり、すぎであり、いてふである。
 
 うこんいろにそめられたくさむらであり、
 
 まぼろしの花花を咲かせる昼のにほひであり、
                                 ゑ
 感情の糸にゆたゆたとする夢の餌をつける五月、
 
 ただよふものは ときめきであり ためいきであり かげのさしひきであり、
 
 ほころびとけてゆく香料の波である。
 
 思ひと思ひとはひしめき、
 
 はなれた手と手とは眼をかはし、
 
 もすそになびいてきえる花粉の蝶、
 
 人人も花であり、樹樹も花であり、草草も花であり、
 
 うかび ながれ とどまつて息づく花と花とのながしめ、
 
 もつれあひ からみあひ くるしみに上気する むらさきのみだれ花、
 
 こゑはあまく 羽ばたきはとけるやうに耳をうち、
 
 肌のひかりはぬれてふるへる朝のぼたんのやうにあやふく、
 
 こころはほどのよい湿りにおそはれてよろめき、
 
 みちもなく ただ そよいでくるあまいこゑにいだかれ、
 
 みどりの泡をもつ このすがすがしいはかない幸福、
 
 ななめにかたむいて散らうともしない迷ひのそぞろあるき、
 
 恐れとなやみとの網にかけられて身をほそらせる微風の卵。