萩原朔太郎
『月に吠える』より

  
  ばくてりやの世界


 
ばくてりやの足、
 
ばくてりやの口、
 
ばくてりやの耳、
 
ばくてりやの鼻、

 
ばくてりやがおよいでゐる。

 
あるものは人物の胎内に、
 
あるものは貝るゐの内臓に、
 
あるものは玉葱の球心に、
 
あるものは風景の中心に。

 
ばくてりやがおよいでゐる。

 
ばくてりやの手は左右十文字に生え、
 
手のつまさきが根のやうにわかれ、
 
そこからするどい爪が生え、
                 ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ
毛細血管の類はべたいちめんにひろがつてゐる。

 
ばくてりやがおよいでゐる。

 
ばくてりやが生活するところには、
 
病人の皮膚をすかすやうに、
 
べにいろの光線がうすくさしこんで、
 
その部分だけほんのりとしてみえ、
 
じつに、じつに、かなしみたへがたく見える。

 
ばくてりやがおよいでゐる。