萩原朔太郎
『月に吠える』より

  
  陽春


 
ああ、春は遠くからけぶつて來る、
 
ぽつくりふくらんだ柳の芽のしたに、
 
やさしいくちびるをさしよせ、
 
をとめのくちづけを吸ひこみたさに、
             ヽ ヽ
春は遠くからごむ輪のくるまにのつて來る。
 
ぼんやりした景色のなかで、
 
白いくるまやさんの足はいそげども、
 
ゆくゆく車輪がさかさにまわり、
 
しだいに梶棒が地面をはなれ出し、
                        ヽ ヽ
おまけにお客さまの腰がへんにふらふらとして、
 
これではとてもあぶなさうなと、
 
とんでもない時に春がまつしろの欠伸をする。