萩原朔太郎
『月に吠える』より

  
  くさつた蛤


 
半身は砂のなかにうもれてゐて、
 
それで居てべろべろ舌を出して居る。
 
この軟體動物のあたまの上には、
       しほ
砂利や潮みづが、ざら、ざら、ざら、ざら流れてゐる、
 
ながれてゐる、
 
ああ夢のやうにしづかにもながれてゐる。

 
ながれてゆく砂と砂との隙間から、
 
蛤はまた舌べろをちらちらと赤くもえいづる、
                や つ
この蛤は非常に憔悴れてゐるのである。
 
みればぐにやぐにやした内臓がくさりかかつて居るらしい、
 
それゆゑ哀しげな晩かたになると、
 
ざめた海岸に坐つてゐて、
 
ちら、ちら、ちら、ちらとくさつた息をするのですよ。