萩原朔太郎
『月に吠える』より

  
  五月の貴公子


 
若草の上をあるいてゐるとき、
 
わたしの靴は白い足あとをのこしてゆく、
       ヽ ヽ ヽ ヽ
ほそいすてつきの銀が草でみがかれ、
 
まるめてぬいだ手ぶくろが宙でおどつて居る、
 
ああすつぱりといつさいの憂愁をなげだして、
 
わたしは柔和の羊になりたい、
              あなた
しつとりとした貴女のくびに手をかけて、
 
あたらしいあやめおしろいのにほひをかいで居たい、
 
若くさの上をあるいてゐるとき、
 
わたしは五月の貴公子である。