萩原朔太郎
『月に吠える』より

  
  白い月


 
はげしいむし齒のいたみから、
 
ふくれあがつた頬つぺたをかかへながら、
 
わたしは棗の木の下を掘つてゐた、
 
なにかの草の種を蒔かうとして、
 
きやしやの指を泥だらけにしながら、
 
つめたい地べたを堀つくりかへした、
 
ああ、わたしはそれをおぼえてゐる、
 
うすらさむい日のくれがたに、
 
まあたらしい穴の下で、
 
ちろ、ちろ、とみみずがうごいてゐた、
 
そのとき低い建物のうしろから、
 
まつしろい女の耳を、
 
つるつるとなでるやうに月があがつた、
 
月があがつた。

幼童思慕詩篇