知里幸惠編訳−「アイヌ神謡集」より



Chironnup yaieyukar,  
狐が自ら歌った謡
“Towa towa to” 「トワトワト」
 
Towa towa to  
トワトワト
Shineanto ta armoisam un nunipeash kusu  
ある日に海辺へ食物を拾いに
sapash.  
出かけました.
Shumatumu chashchash, towa towa to  
石の中ちゃらちゃら
nitumu chashchash, towa towa to  
木片の中ちゃらちゃら
sapash kor shietok un inkarash awa  
行きながら自分の行手を見たところが
armoisam ta hunpe yan wa  
海辺に鯨が寄り上がって
ainupitoutar ushiyakko turpa kane  
人間たちがみんな盛装して
isoetapkar iso erimse ichautar irurautar  
海幸をば喜び舞い海幸をば喜び躍り肉を切る者運ぶ者が
utasatasa nishpautar isoeonkamip(1)      か
行き交って重立った人たちは海幸をば謝し拝む者
emush ruikep armoisama kokunnatara,  
刀をとぐ者など浜一ぱいに黒く見えます.
chinukat chiki shino chieyaikopuntek.  
私はそれを見ると大層喜びました.
“Hetakta usa tooani chikoshirepa  
「ああ早くあそこへ着いて
ponno poka chiahupkar okai.” ari  
少しでもいいから貰いたいものだ」と
yainuash kushu “Ononno !(2) Ononno !” ari  
思って「ばんざーい! ばんざーい!」と
hotuipaash kor,  
叫びながら
shumatumu chashchash, towa towa to  
石の中ちゃらちゃら
nitumu chashchash, towa towa to  
木片の中ちゃらちゃら
payeash aine hankeno payeash inkarash awa  
行って行って近くへ行って見ましたら
senneka shui inkarash kuni chiramuai  
ちっとも思いがけなかったのに
humpe yan ruwe nekune patek chiramuap  
鯨が上がったとばかり思ったのは
armoisam ta setautar osomai an wa  
浜辺に犬どもの便所があって
poro shinupuri chishireanu,  
大きな糞の山があります,
newaanpe humpe ne kuni chiramu ruwe  
それを鯨だと私は思ったので
ne rokokai.  
ありました.
Ainupitoutar isoerimse isoetapkar  
人間たちが海幸をば喜んで躍り海幸をば喜んで舞い
usa icha usa irura kishiri nekuni  
肉を切ったりはこんだりしているのだと
chiramurokpe shipashkurutar  
私が思ったのはからすどもが
shi tokpa shi charichari  
糞をつっつき糞を散らし散らし
tonta terke teta terke shirine awokai.  
その方へ飛びこの方へ飛びしているのでした.
Irushkakeutum chiyaikore.  
私は腹が立ちました.
“Toishikimanaush towa towa to  
「眼の曇ったつまらない奴
wenshikimanaush towa towa to  
眼の曇った悪い奴
sarpoki huraot towa towa to  
尻尾の下の臭い奴
sarpoki munin towa towa to  
尻尾の下の腐った奴
ointenu towa towa to  
お尻からやにの出る奴
otaipenu towa towa to  
お尻から汚い水の出る奴
inkar hetap neptap teta ki humi okai.”  
なんという物の見方をしたのだろう.」
Orowano shui  
それからまた
shumatumu chashchash, towa towa to  
石の中ちゃらちゃら
nitumu chashchash, towa towa to  
木片の中ちゃらちゃら
rutteksam peka hoyupuash kor  
海のそばから走りながら
inkarash awa unetokta  
見たところが私の行く手に
chip an kane shiran kiko chiposhketa  
舟があってその舟の中で
ainu tunpish uniwente(3) kor okai,  
人間が二人互いにお悔やみをのべています,
“Usainetap shui nep achomatup  
「おや,何の急変が
an wa tapne shirki kiya, senne nepeka  
あるのでああゆう事をしているのだろう,もしや
chipkohokush utar hene okai ruwe hean ?             ひっくり
舟と一しょに引繰かえった人でもあるのではないかしら,
Hetakte usa nohankeno payeash wa  
おお早くずっと近くへ行って
ainuorushpe chinu okai.”  
人の話を聞きたいものだ.」
yainuash kushu tapan hokokes(4)  
と思うのでフオホホーイと
chiriknapuni,  
高く叫んで
shumatumu chashchash, towa towa to  
石の中ちゃらちゃら
nitumu chashchash, towa towa to  
木片の中ちゃらちゃら
terkeash kane payeash wa inkarash awa  
飛ぶようにして行って見たら
chip ne kuni chiramuap atuiteksamta an  
舟だと思ったのは浜辺にある
shirar ne wa, ainu ne kuni chiramuap  
岩であって,人だと思ったのは
tu porourir ne awokai.             ペリカン
二羽の大きな鵜であったのでした.
Tu porourir tannerekuchi rurpa yonpa,  
二羽の大きな鵜が長い首をのばしたり縮めたり
ikichi shiri uniwente an shirine pekor  
しているのを悔みを言い合っている様に
chinukan ruwe ne awokai.  
私は見たのでありました.
“Toishikimanaush, towa towa to  
「眼の曇ったつまらない奴
wenshikimanaush, towa towa to  
眼の曇った悪い奴
sarpoki huraot, towa towa to  
尻尾の下の臭い奴
sarpoki munin, towa towa to  
尻尾の下の腐った奴
ointenu, towa towa to  
お尻からやにの出る奴
otaipenu, towa towa to  
お尻から汚い水の出る奴
inkar hetap neptap teta ki humi okai.”  
なんという物の見方をしたのだろう.」
Orowa no shui  
それからまた
shumatumu chashchash, towa towa to  
石の中ちゃらちゃら
nitumu chashchash, towa towa to  
木片の中ちゃらちゃら
terkeash kane petturashi payeash awa,  
飛ぶ様にして川をのぼって行きましたところが
toop penata menoko tunpish  
ずーっと川上に女が二人
utka otta roshki kane uchishkar kor okai,  
浅瀬に立っていて泣き合っています.
chinukar chiki chiehomatu,  
私はそれを見てビックリして
“Usainetapshui nep wenpe an.  
「おや,なんの悪いことがあって
nep ashurek(5) wata uchishkaran(6) shiri  
なんの凶報が来てあんなに泣き合って
okaipe ne ya ?  
いるのだろう?
Hetaktausa shirepaash wa ainuorushpe  
ああ早く着いて人の話を
chinu okai.”  
聞きたいものだ.」
yainuash kushu,  
と思って
shumatumu chashchash, towa towa to  
石の中ちゃらちゃら
nitumu chashchash, towa towa to  
木片の中ちゃらちゃら
terkeash kane payeash wa inkarash awa  
飛ぶ様にして行って見たら
pethontomta tu uraini roshki kanan ko,                   やな
川の中程に二つの簗があって
tu uraiikushpe chiukururu ko,            くい
二つの簗の杭が流れにあたってグラグラ動いているのを
tu menoko uko kepoki ukohetari kane  
二人の女がうつむいたり仰むいたりして
uchishkar shiri ne kuni chiramu ruwe  
泣き合っているのだと私は思ったの
ne awokai,  
でありました.
“Toishikimanaush, towa towa to  
「眼の曇ったつまらない奴
wenshikimanaush, towa towa to  
眼の曇った悪い奴
sarpoki huraot, towa towa to  
尻尾の下の臭い奴
sarpoki munin, towa towa to  
尻尾の下の腐った奴
ointenu, towa towa to  
お尻からやにの出る奴
otaipenu, towa towa to  
お尻から汚い水の出る奴
inkar hetap neptap teta ki humi okai.”  
なんという物の見方をしたのだろう.」
Orowano shui petturashi  
それからまた,川をのぼって
shumatumu chashchash, towa towa to  
石の中ちゃらちゃら
nitumu chashchash, towa towa to  
木片の中ちゃらちゃら
terkeash kane hoshippa ash wa arkiash.  
飛ぶようにして帰って来ました.
Shietokun inkarash awa,  
自分の行手を見ましたところが
nekonne shiri ne nankora,  
どうしたのだか
chiunchisehe nuikohopuni  
私の家が燃えあがって
kamuinsh kata rikin shupuya  
大空へ立ちのぼる煙は
kutteknish ne, chinukar chiki  
立ちこめた雲の様です.それを見た私は
homatpaash yainuturainuash pakno  
ビックリして気を失うほど
homatpaash, matrimimse(7)chiriknapuni  
驚きました.女の声で叫びながら
terkesh awa unetunankar hemantaanpe  
飛び上がりますと,向こうから誰かが
taruipeutanke(8) riknapuni unteksamta  
大きな声でホーイと叫びながら私のそばへ
chitursere, inkarash awa chimachihi  
飛んできました.見るとそれはわたしの妻で
homatuipor eun kane hese hawe taknatara:  
ビックリした顔色で息せききって
“Chikor nispa nekonne hawe tan ?”  
「旦那様どうしたのですか?」
Hawash chiki inkarash awa neita tapne  
と云うので,見ると
chiseuhui an pokor inkarash awa  
火事の様に見えたのに
chiunchisehe ene ani nepkor  
私の家はもとのまま
ash kane an, ape ka isam shupuya ka isam,  
たっています.火もなし,煙もありません.
oroyachiki chimachihi iyuta ko                  つきもの
それは,私の妻が搗物をしていると
rapoketa rerarui wa tuituye amam  
その時に風が強く吹いて簸ている粟の
murihi rera paru shiri ぬか
糠が吹き飛ばされるさまを
shupuya nepkor chinukan ruwe ne rokokai.  
煙の様に私は見たのでありました.
Nunipeash yakka aep omukenash kashikunshui,  
食物を探しに出かけても食物も見付からず,その上
peutankeash wa chimachihi  
また,私が大声を上げたので私の妻が
ehomatu kushu, tuituye koran amam neyakka  
それに驚いて簸いていた粟をも
mui turano eyapkir wa isam kushu,  
簸と一しょに放り飛ばしてしまったので
tanukuran anak sayosakash,  
今夜は食べる事も出来ません
irushkaash kushu chiamasotki sotkiasam  
私は腹立たしくて床の底へ
chikoyayoshura.  
身を投げて寝てしまいました.
“Toishikimanaush, towa towa to  
「眼の曇ったつまらない奴
wenshikimanaush, towa towa to  
眼の曇った悪い奴
sarpoki huraot, towa towa to  
尻尾の下の臭い奴
sarpoki munin, towa towa to  
尻尾の下の腐った奴
ointenu, towa towa to  
お尻からやにの出る奴
otaipenu, towa towa to  
お尻から汚い水の出る奴
inkar hetap neptap teta ki humi okai.” ari  
なんという物の見方をしたのだろう.」と
      Chironnup tono yaieyukar.              かしら
      狐の頭が物語りました.
 

(1)  isoeonkami. iso は海幸, eonkami は……を謝す事.
鯨が岸で打ち上げられるのは,海の大神様が人間に下さる為に御自分で持って来て,岸へ打ち上げて下さるものだと信じて,その時は必ず重立った人が盛装して沖の方をむいて礼拝をします. (

(2)  ononno. これは海に山に猟に出た人が何か獲物を持って帰って来た時にそれを迎える人々が口々に言う言葉です. (

(3)  uniwente……大水害のあと,火災のあと,火山の破裂のあと,その他種々な天災のあったあとなどに,または人が熊に喰われたり,海や川に落ちたり,その他なにによらず変わった事で負傷したり,死んだりした場合に行う儀式のこと.
その時は槍や刀のさきを互いに突き合せながらお悔みの言葉を交します.一つの村に罹災者が出ると,近所の村々から沢山の代表者がその村に集まってその儀式を行いますが,一人と一人でも致します. (

(4)  hokokse……uniwente の時,また大へんな変り事が出来た時に神様に救いを求める時の男の叫び声.フオオホーイと,これは男に限ります. (

(5)  sahur は変わった話,ek は来る.
……村から遠い所に旅に出た人が病気したとか死んだとかした時にその所からその人の故郷へ使者がその変事を知らせるに来とか,外の村で誰々が死にましたとか,何々の変わった事がありましたとか村へ人が知らせに来る事を云います.
その使者を ashurkorkur(変った話を持つ人)と云います.
ashurkorkur は村の近くに来た時に先ず大声をあげて hokokse(フオホホーイ)をします.すると,それをききつけた村人は,やはり大声で叫びながら村はずれまで出迎えてその変り事をききます. (

(6)  uchishkar……泣き合う.これは女の挨拶,長く別れていて久しぶりで会った時,近親の者が死んだ時,誰かがなにか大変な危険にあって,やっと免れた時などに,女どうしで手を取り合ったり,頭や肩を抱き合ったりして泣く事. (

(7)  matrimimse(女の叫び声)……何か急変の場合はまた uniwente の場合,男は hokokes(フオホホーイ)と太い声を出しますが,女はほそくホーイと叫びます.
女の声は男の声よりも高く強くひびくので神々の耳にも先にはいると云います.それで急な変事が起こった時には,男でも女の様にほそい声を出して,二声三声叫びます. (

(8)  peutanke ……rimimse と同じ意ですが,これは普通よく用いられる言葉で,rimimse の方は少し難しい言葉になっています. (


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