石川啄木

「呼子と口笛」補遺

  
  八

 
げに、かの場末の縁日の夜の
 
活動写真の小屋の中に、
                  ガ ス
青臭きアセチレン瓦斯の漂へる中に、
 
鋭くも響きわたりし
 
秋の夜の呼子の笛はかなしかりしかな。
 
ひよろろろと鳴りて消ゆれば、
     たちま
あたり忽ち暗くなりて、
 
薄青きいたづら小僧の映画ぞわが眼にはうつりたる。
 
やがて、また、ひよろろと鳴れば、
  しわが
声嗄れし説明者こそ、
 
西洋の幽霊の如き手つきして、
 
くどくどと何事を語り出でけれ。
 
我はただ涙ぐまれき。

  
されど、そは、三年も前の記憶なり。

 
はてしなき議論の後の  
疲れたる心を抱き、
 
同志の中の誰彼の心弱さを憎みつつ、
 
ただひとり、雨の夜の町を帰り来れば、
 
ゆくりなく、かの呼子の笛が思ひ出されたり。
 
――ひよろろろと、
 
また、ひよろろろと――

 
我は、ふと、涙ぐまれぬ。
 
げに、げに、わが心の餓ゑて空しきこと、
 
今も猶昔のごとし。
(一九一一・六・一七)



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