立原道造「優しき歌 I


 
薊の花のすきな子に

 
 IV 薄 明


 
音楽がよくきこえる
 
だれも聞いてゐないのに
 
ちひさきフーガが 花のあひだを
 
草の葉をあひだを 染めてながれる

 
窓をひらいて 窓にもたれればいい
 
土の上に影があるのを 眺めればいい
 
ああ 何もかも美しい! 私の身体の
                   かをり
外に 私を囲んで暖く香よくにほふひと

 
私は ささやく おまへにまた一度
 
――はかなさよ ああ このひとときとともにとどまれ
 
うつろふものよ 美しさとともに滅びゆけ!

 
やまない音楽のなかなのに
       このみ
小鳥も果実も高い空で眠りに就き
 
影は長く 消えてしまふ――そして 別れる