寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




 
   曙町より (五)

 
 僕はこのごろ、ガラス枚を、鋼鉄の球で衝撃して、割れ目をこし
 
らえて、その割れ方を調べている。
 
 はなはだばかげたことのようであるが、やってみるとなかなかお
 
もしろいものである。
 
 ごく軽くたたいて、肉眼でやっと見えるくらいの郎をつけて、そ
 
れを顕微鏡でのぞいて見ると、球の当たった点のまわりに、円形の
                                                                  えん
割れ目が、ガラスの表面にでさて、そこから内部へ末拡がりに、円
すいけい                                  わ
錐形のひびが入っているが、そのひび破れに、無数の線条が現われ、
 
実にきれいなものである。
 
 おもしろいことには、その円錐形のひびわれを、毎日のように顕
 
徴鏡でのぞいて見ていると、それがだんだんに大さなものに思われ
 
て来て、今では、ちょっとした小山のような感じがする。
 
 そうしてその山の高さを測ったり、斜面の尾根や谿谷を数えたり
 
していると、それがますます大きなものに見えて来るのである。
 
 実際のこの山の高さは一分の三十分の一よりも小さなものに過ぎ
 
ない。
 
 この調べが進めば、僕は、ひびを見ただけで、直径幾ミリの球が、
 
いくらの速度で衝突したかを言いあてることができるであろうと思
 
う。
 
 それを当てたらなんの役に立つかと開かれると少し困るが、しか
 
し、この話が、何か君の俳諧哲学の参考にならば幸いである。
 
 今まで、まだやっと二、三百枚のガラス板しかこわしていないが、
 
少なくも二、三千枚ぐらいはこわしてみなければなるまいと思ってい
 
る。
     あわ
  粟一粒秋三界を蔵しけり
 
(昭和六年十一月、渋柿)


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