島崎藤村

「若菜集」より


  
 おきく


 
くろかみながく
 
    やわらかき
 
をんなごゝろを
 
    たれかしる
 

 
をとこのかたる
 
    ことのはを
 
まことゝおもふ
 
    ことなかれ
 

 
をとめごゝろの
 
    あさくのみ
 
いひもつたふる
 
    おかしさや
 

 
みだれてながき
       びん  け
    鬢の毛を
 つ げ   をぐし
黄楊の小櫛に
 
    かきあげよ
 

    つき
あゝ月ぐさの
 
    きえぬべき
 
こひもするとは
 
    たがことば
 

 
こひて死なんと
 
    よみいでし
 
あつきなさけは
 
    たがうたぞ
 

 
みちのためには
 
    ちをながし
 
くにには死ぬる
 
    をとこあり
 

 
治兵衛はいづれ
      こひ   な
    恋か名か
 
忠兵衛も名の
             は
    ために果つ
 

 
あゝむかしより
 
    こひ死にし
 
をとこのありと
 
    しるや君
 

 
をんなごゝろは
 
    いやさらに
 
ふかきなさけの
 
    こもるかな
 

 
小春はこひに
 
    ちをながし
 
梅川こひの
 
    ために死ぬ
 

 
お七はこひの
          
    ために焼け
 
高尾はこひの
             は
    ために果つ
 

 
かなしからずや
 
    清姫は
へび
蛇となれるも
 
    こひゆゑに
 

 
やさしからずや
 
    佐容姫は
 
石となれるも
 
    こひゆゑに
 

 
をとこのこひの
 
    たはふれは
 
たぴにすてゆく
 
    なさけのみ
 

 
こひするなかれ
 
    をとめごよ
 
かなしむなかれ
 
    わがともよ
 

 
こひするときと
 
    かなしみと
 
いづれかながき
 
    いづれみじかき



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