島崎藤村

「若菜集」より


  
 明星



浮べる雲と身をなして
 
あしたの空に出でざれば
 
などしるらめや明星の
 
光の色のくれなゐを
 

    うしほ
朝の潮と身をなして
 
流れて海に出でざれば
 
などしるらめや明星の
 す     かな
清みて哀しききらめきを
 

              あかぼし
なにかこひしき暁星の
むな   あま
空しき天の戸を出でゝ
 
深くも遠きほとりより
          きた
人の世近く来るとは
 

うしほ
潮の朝のあさみどり
みなそこ
水底深き白石を
          す
星の光に透かし見て
あさ よはひ
朝の齢を数ふべし
 

            やまかは
野の鳥ぞ啼く山河も
 
ゆふべの夢をさめいでゝ
 
細く棚引くしのゝめの
 
姿をうつす朝ぼらけ
 

 さ よ
小夜には小夜のしらべあり
            ね
朝には朝の音もあれど
         いと   を
星の光の糸の緒に
            しづか
あしたの琴は静なり
 

 
まだうら若き朝の空
 
きらめきわたる星のうち
 
いと/\若き光をば
なづ
名けましかば明星と



BACK戻る 次へNEXT
[島崎藤村] [文車目次]