島崎藤村
「若菜集」より
望郷
寺をのがれいでたる僧のうたひし
そのうた
いざさらば
これをこの世のわかれぞと
のがれいでゝは住みなれし
みてら く り しらかべ
御寺の蔵裏の白壁の
眼にもふたゝび見ゆるかな
いざゝらば
住めば仏のやどりさへ
ほのほ いへ
火炎の宅となるものを
なぐさめもなき心より
流れて落つる涙かな
いざゝらば
心の油濁るとも
ともしびたかくかきおこし
なさけは熱くもゆる火の
ちり
こひしき塵にわれは焼けなむ
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