中原中也「在りし日の歌」


   
  青い瞳


 
 1 夏の朝

 
かなしい心に夜が明けた、
 
  うれしい心に夜が明けた、
 
いいや、これはどうしたといふのだ?
 
  さてもかなしい夜の明けだ!

 
青い瞳は動かなかつた、
 
  世界はまだみな眠つてゐた、
 
さうして『その時』は過ぎつつあつた、
         とほ
  あゝ、遐い遐いい話。

 
青い瞳は動かなかつた、
 
  ――いまは動いてゐるかもしれない……
 
青い瞳は動かなかつた、
 
  いたいたしくて美しかつた!

           こ こ
私はいまは此処にゐる、黄色い灯影に。
 
  あれからどうなつたのかしらない……
 
あゝ、『あの時』はあゝして過ぎつゝあつた!
   あを
  碧い、噴き出す蒸気のやうに。


 
 2 冬の朝

 
それからそれがどうなつたのか……
 
それは僕には分らなかつた
             こ
とにかく朝霧罩めた飛行場から
 
機影はもう永遠に消え去つてゐた。
               されき
あとには残酷な砂礫だの、雑草だの
     き
頬を裂るやうな寒さが残つた。
                 くうばく           なほ
――こんな残酷な空寞たる朝にも猶
 
人は人に笑顔を以て対さねばならないとは
 
なんとも情ないことに思はれるのだつたが
           そ こ
それなのに其処でもまた
           たた
笑ひを沢山湛へた者ほど
 
優越を感じてゐるのであつた。
 
陽は霧に光り、草葉の霜は解け、
            とり
遠くの民家に鶏は鳴いたが、
 
霧も光も霜も鶏も
                    し
みんな人々の心には沁まず、
 
人々は家に帰つて食卓についた。
 
     (飛行機に残つたのは僕、
                 から
      バットの空箱を蹴つてみる)