中原中也「在りし日の歌」


   
  わが半生


 
 私は随分苦労して来た。
 
 それがどうした苦労であつたか、
 
 語らうなぞとはつゆさへ思はぬ。
 
 またその苦労が果して価値の
 
 あつたものかなかつたものか、
 
 そんなことなぞ考へてもみぬ。
 

 
 とにかく私は苦労して来た。
 
 苦労して来たことであつた!
              こ こ
 そして、今、此処、机の前の、
 
 自分を見出すばつかりだ。
 
 じつと手を出し眺めるほどの
 
 ことしか私は出来ないのだ。
 

      そと     こよい
    外では今宵、木の葉がそよぐ。
 
    はるかな気持の、春の宵だ。
 
    そして私は、静かに死ぬる、
 
    坐つたまんまで、死んでゆくのだ。