中原中也「在りし日の歌」


   
  独身者


 せつけんばこ
 石鹸箱には秋風が吹き
 
 郊外と、市街を限る路の上には
  おほはらめ
 大原女が一人歩いてゐた
 

           どくしんもの
 ――彼は独身者であつた
 
 彼は極度の近眼であつた
       ヽ ヽ ヽ ヽ
 彼はよそゆきを普段に着てゐた
 
 判屋奉公したこともあつた
 

 
 今しも彼が湯屋から出て来る
 
 薄日の射してる午後の三時
 
 石鹸箱には風が吹き
 
 郊外と、市街を限る路の上には
 
 大原女が一人歩いてゐた