中原中也「在りし日の歌」


   
  幻影


 
 私の頭の中には、いつの頃からか、
 
 薄命さうなピエロがひとり棲んでゐて、
          しや
 それは、紗の服なんかを着込んで、
 
 そして、月光を浴びてゐるのでした。
 

 
 ともすると、弱々しげな手付をして、
 
 しきりと 手真似をするのでしたが、
 
 その意味が、つひぞ通じたためしはなく、
 
 あわれげな 思ひをさせるばつかりでした。
 

                     くち
 手真似につれては、唇も動かしてゐるのでしたが、
 
 古い影絵でも見てゐるやう――
 
 音はちつともしないのですし、
 
 何を云つてるのかは 分りませんでした。
 

 
 しろじろと身に月光を浴び、
 
 あやしくもあかるい霧の中で、
 
 かすかな姿態をゆるやかに動かしながら、
 
 眼付ばかりはどこまでも、やさしさうなのでした。