中原中也「在りし日の歌」


   
  あばずれ女の亭主が歌つた


 
 おまへはおれを愛してる、一度とて
 
 おれを憎んだためしはない。
 
 おれもおまへを愛してる。前世から
 
 さだまつていることのやう。
 

                     しらず
 そして二人の魂は、不識に温和に愛し合ふ
 
 もう長年の習慣だ。
 

 
 それなのにまた二人には、
 
 ひどく浮気な心があつて、
 

 
 いちばん自然な愛の気持を、
 
 時にうるさく思ふのだ。
 

 
 佳い香水のかをりより、
 
 病院の、あはい匂ひに慕ひよる。
 

 
 そこでいちばん親しい二人が、
 
 時にいちばん憎みあふ。
 

                えたい
 そしてあとでは得態の知れない
 
 悔の気持に浸るのだ。
 

 
 あゝ、二人には浮気があつて、
         ほんと
 それが真実を見えなくしちまふ。
 

 
 佳い香水のかをりより、
 
 病院の、あはい匂ひに慕ひよる。