中原中也「在りし日の歌」


   
  米 子


                 むすめ
 二十八歳のその処女は、
               ひ
 肺病やみで、腓は細かつた。
 
 ポプラのやうに、人も通らぬ
 
 歩道に沿つて、立つてゐた。
 

  むすめ
 処女の名前は、米子と云つた。
 
 夏には、顔が、汚れてみえたが、
 
 冬だの秋には、きれいであつた。
 
 ――かぼそい声をしてをつた。
 

                 むすめ
 二十八歳のその処女は、
 
 お嫁に行けば、その病気は
  なほ
 癒るかに思はれた。と、さう思ひながら
               むすめ
 私はたびたび処女をみた……
 

 
 しかし一度も、さうと口には出さなかつた。
 
 別に、云ひ出しにくいからといふのでもない
        かへ
 云つて却つて、落胆させてはと思つたからでもない、
 
 なぜかしら、云はずじまひであつたのだ。
 

                 むすめ
 二十八歳のその処女は、
 
 歩道に沿つて立つてゐた、
 
 雨あがりの午後、ポプラのやうに。
 
 ――かぼそい声をもう一度、聞いてみたいと思ふのだ……