中原中也「在りし日の歌」


   
  冬の長門峡


 
 長門峡に、水は流れてありにけり。
 
 寒い寒い日なりき。
 

 
 われは料亭にありぬ。
     く
 酒酌みてありぬ。
 

 
 われのほか別に、
 
 客とてもなかりけり。
 

       あたか
 水は、恰も魂あるものの如く、
 
 流れ流れてありにけり。
 

 
 やがても密柑《みかん》の如き夕陽、
 らんかん
 欄干にこぼれたり。
 

 
 ああ! ――そのやうな時もありき、
 
 寒い寒い 日なりき。