中原中也「山羊の歌」


   
  春の日の夕暮


 
 トタンがセンベイ食べて
 
 春の日の夕暮は穏かです
 
 アンダースローされた灰が蒼ざめて
 
 春の日の夕暮は静かです

  ああ    か か し
 吁! 案山子はないか――あるまい
  いなな
 馬嘶くか――嘶きもしまい
 
 ただただ月の光のヌメランとするまゝに
 
 従順なのは 春の日の夕暮か

                    がらん
 ポトホトと野の中に伽藍は紅く
 
 荷馬車の車輪 油を失ひ
 
 私が歴史的現在に物を云へば
 
 嘲る嘲る 空と山とが

 
 瓦が一枚 はぐれました
 
 これから春の日の夕暮は
 
 無言ながら 前進します
みずか
 自らの 静脈管の中へです