中原中也「山羊の歌」


   
  


                 かな
 今宵月はいよよ愁しく、
                   みは
 養父の疑惑に瞳を瞠る。
  と き
 秒刻は銀波を砂漠に流し
  らうなん   じ だ
 老男の耳朶は螢光をともす。
 

 
 あゝ忘られた運河の岸堤
 
 胸に残つた戦車の地音
  さ
 銹びつく鑵の煙草とりいで
     ものう
 月は懶く喫つてゐる。
 
 それのめぐりを七人の天女は
 
 趾頭舞踊しつづけてゐるが、
 
 汚辱に浸る月の心に
 

 
 なんの慰愛もあたへはしない。
  をち
 遠にちらばる星と星よ!
          そうしゆ
 おまへの双手を月は待つてる