中原中也「山羊の歌」


    
   深夜の思ひ


 
 これは泡立つカルシウムの
 
 乾きゆく
 
 急速な――頑ぜない女の児の泣声だ、
               ゆふべ
 鞄屋の女房の夕の鼻汁だ。

      たそがれ
 林の黄昏は
  かす
 擦れた母親。
 
 虫の飛交ふ梢のあたり、
おしやぶり     ど け
 舐子のお道化た踊り。
 
 波うつ毛の猟犬見えなく、
 
 猟師は猫背を向ふに運ぶ。
 
 森を控へた草地が
 
   坂になる!

 
 黒き浜辺にマルガレエテが歩み寄する
 
 ヴェールを風に千々にされながら。
         しし
 彼女の肉は跳び込まねばならぬ、
  いか
 厳しき神の父なる海に!

 
 崖の上の彼女の上に
                   すぢ
 精霊が怪しげなる条を描く。
 
 彼女の思ひ出は悲しい書斎の取片附け
 
 彼女は直きに死なねばならぬ。