中原中也「山羊の歌」


    
   冬の雨の夜


 
 冬の黒い夜をこめて
 
 どしやぶりの雨が降つてゐた。
     ゆふあかりか                   しを   だいこ
 ――夕明下に投げいだされた、萎れ大根の陰惨さ、
 
 あれはまだしも結構だつた――
 
 今や黒い冬の夜をこめ
 
 どしやぶりの雨が降つてゐる。
 
 亡き乙女達の声さへがして
 
 ae ao,ae ao,eo,aeo eo!
 
 その雨の中を漂ひながら
                                       へりなう
 いつだか消えてなくなつた、あの乳白の膀嚢たち……
 
 今や黒い冬の夜をこめ
 
 どしやぶりの雨が降つてゐて、
 
 わが母上の帯締めも
  うすい
 雨水に流れ、潰れてしまひ、
 
 人の情けのかずかずも
 つひ   みかん
 竟に蜜柑の色のみだつた?……