中原中也「山羊の歌」


    
   港市の秋


 
石崖に、朝陽が射して
 
秋空は美しいかぎり。
 
むかふに見える港は、
かたつむり
蝸 牛 の角でもあるのか

            きせる
町では人々煙管の掃除。
いらか
甍は伸びをし
 
空は割れる。
 
役人の休み日――どてら姿だ。

 
『今度生れたら……』
 
海員が唄ふ。
 
『ぎーこたん、ばつたりしょ……』
たぬきばば
狸婆々がうたふ。

  みなと  まち
  港の市の秋の日は、
 
  大人しい発狂。
 
  私はその日人生に、
 
  椅子を失くした。