中原中也「山羊の歌」


    
   心 象


 
   I

 
松の木に風が吹き、
 
踏む砂利の音は寂しかつた。
 
暖い風が私の額を洗ひ
 
思ひははるかに、なつかしかつた。

 
腰をおろすと、
 
浪の音がひときは聞えた。
 
星はなく
 
空は暗い綿だつた。

 
とほりかかつた小舟の中で
 
船頭がその女房に向つて何かを云つた。
 
――その言葉は、聞きとれなかつた。

 
浪の音がひときはきこえた。


   II

 
亡びたる過去のすべてに
 
涙湧く。
 
城の塀乾きたり
 
風の吹く

  なび
草靡く
              わた
丘を越え、野を渉り
 
憩ひなき
 
白き天使のみえ来ずや

 
あはれわれ死なんと欲す、
 
あはれわれ生きむと欲す
 
あはれわれ、亡びたる過去のすべてに

 
涙湧く。
 
み空の方より、
 
風の吹く