中原中也「山羊の歌」


    
   みちこ


 
 そなたの胸は海のやう
 
 おほらかにこそうちあぐる。
 
 はるかなる空、あをき浪、
 
 涼しかぜさへ吹きそひて
 
 松の梢をわたりつつ
 
 磯白々とつづきけり。
 

 
 またなが目にはかの空の
 
 いやはてまでもうつしゐて
               なぎさ
 竝びくるなみ、渚なみ、
 
 いとすみやかにうつろひぬ。
 
 みるとしもなく、ま帆片帆
 
 沖ゆく舟にみとれたる。
 

          ぬか
 またその額のうつくしさ
 
 ふと物音におどろきて
 
 午睡の夢をさまされし
  をうし
 牡牛のごとも、あどけなく
 
 かろやかにまたしとやかに
 
 もたげられ、さてうち俯しぬ。
 

                   うなじ
 しどけなき、なれが頸は虹にして
             みどりご     かひな
 ちからなき、嬰児ごとき腕して
  いと
 絃うたあはせはやきふし、なれの踊れば、
                      きん
 海原はなみだぐましき金にして夕陽をたたへ
 
 沖つ瀬は、いよとほく、かしこしづかにうるほへる
            な
 空になん、汝の息絶ゆるとわれはながめぬ。