上田敏「海潮音」

 
 夢

シュリ・プリュドン




             のうにんいは       かて
 夢のうちに、農人曰く、なが糧をみづから作れ、
                              ほ       ま
 けふよりは、なを養はじ、土を墾り種を蒔けよと。
  はたおり                     きぬ
 機織はわれに語りぬ、なが衣をみづから織れと。
 いしつくり                  こて           と
 石造われに語りぬ、いざ鏝をみづから執れと。

       ひと
 かくて孤り人間の群やらはれて解くに由なき
      のろひ           まと
 この咒詛、身にひき纏ふ苦しさに、みそら仰ぎて、
         あはれみ                  いの
 いと深き憐愍垂れさせ給へよと、祷りをろがむ
 まのあたり
 眼前、ゆくての途のたゞなかを獅子はふたぎぬ。

                              まなこ
 ほのぼのとあけゆく光、疑ひて眼ひらけば、
                       はだして
 雄々しかる田つくり男、梯立に口笛鳴らし、
 はたもの  ふみき                  たね
 暑の踏木もとゞろ、小山田に種ぞ蒔きたる。

      さち          し                   うつしよ
 世の幸を今はた識りぬ、人の住むこの現世に、
                        はらから  しの
 誰かまた思ひあがりて、同胞を凌ぎえせむや。

 其日より吾はなべての世の人を愛しそめけり。



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