上田敏「海潮音」

  くれがた   きよく
 薄暮の曲

シャルル・ボドレエル




             みづえ                   ふる
 時こそ今は水枝さす、こぬれに花の顫ふころ。
 
 花は薫じて追風に、不断の香の炉に似たり。
 
 匂も音も夕空に、とうとうたらり、とうたらり、
                              う       くるめき
 ワルツの舞の哀れさよ、疲れ倦みたる眩暈よ。
 

 
 花は薫じて追風に、不断の香の炉に似たり。
  きず                            がく  すががき
 痍に悩める胸もどき、ヴィオロン楽の清掻や、
                                      くるめき
 ワルツの舞の哀れさよ、疲れ倦みたる眩暈よ、
  みこし                          えん
 神輿の台をさながらの雲悲みて艶だちぬ。
 

  きず                            がく  すががき
 痍に悩める胸もどき、ヴィオロン楽の清掻や、
      ねはん                       やさごころ
 闇の涅槃に、痛ましく悩まされたる優心。
  みこし                          えん
 神輿の台をさながらの雲悲みて艶だちぬ。
               おぼ       こご            ちしほぐも
 日や落入りて溺るゝは、凝るゆふべの血潮雲。
 

      ねはん                       やさごころ
 闇の涅槃に、痛ましく悩まされたる優心。
                        と
 光の過去のあとかたを尋めて集むる憐れさよ。
               おぼ       こご            ちしほぐも
 日や落入りて溺るゝは、凝るゆふべの血潮雲。
       なごり                        せいたいごう
 君が名残のたゞ在るは、ひかり輝く聖体盒。



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